聖なる山塊と豊かな森の“巡礼の道”。GR9・GR98 Sainte-Baume自然公園

 3月のトレイルランニングの大会に向けて、“合宿”という名目でマルセイユを訪れた。
天気もよく気温も高かったのだが、風の強い日だったので本命のカランク国立公園は2日後に回して、初日にサント・ボーム自然公園を訪れた。
目の前に聳える圧倒的な山塊と、複数の水源を抱える豊かな森が裾に広がる。
マグダラのマリアの伝説も残る広大な森を9時間かけて、文字通り駆け足で回った。

マルセイユから小1時間。Saint-Zacherieからトレイルスタート!

 23時着のTGVでマルセイユに着いたのは、ヨーロッパを記録的な強風が襲った翌日だった。パリよりも暖かさを感じるが、吹き付ける風は重い。翌朝目覚めても風の勢いは弱まっていなかったので、当初計画していた海沿いのカランク国立公園は危険だと判断し、内陸のサント・ボーム自然公園へ行先を変更した。
もっとも、朝寝坊をしたことも計画を変えた大きな理由の一つだが。

 サント・ボーム自然公園は、マルセイユの東に位置しブッシュ・ド・ローヌ県とヴァール県をまたぐ。東西に伸びる山塊はマグダラのマリアが洞窟で過ごしたという伝説が残る聖地だ。麓にはアルプス中腹と地中海性二つの植生が共存する豊かな森林が広がり、GRやGRPなどたくさんのトレイルが走っている。

 今回はサン・ザシャリー(Saint-Zacharie)からアプローチして、サント・ボームの森を南へ抜けて、サント・ボーム山塊の麓へ。山塊に沿って東南のピック・ド・ブルターニュを目指し、ジェムノス(Gemnos)の村まで下った。

 今回拠点を置いたマルセイユから、サン・ザシャリーまでは、まずオバーニュ(Aubagne)まで電車で30分ほど。オバーニュから出ているバスに乗って40分ほどで、サン・ザシャリーへ到着する。小さな村だがスーパーやパン屋などの商業施設もある。月曜日の午前だったので、開いている店は少なかったが、エピスリーでカチコチのチョリソーと、ベビーベルのチーズ、ハリボーを調達してトレイルに入った。

柵の中には羊が数頭いて草を食べていた

森を抜けて2つの源流を目指す

 村から10分ほど歩いてネイの源流(Les Sources de Nayes)を目指す。集落から少し歩けば畑が広がり、すぐに山裾だ。源流は気持ちの良い広場になっており、トレイルの入口となっていた。道標も立っていて親切だと思った矢先、道を間違えたようだ。20分ほど急な坂を登ると、東へ向かいたかったのだが、西へ進んでいた。地図を確認しながら気になった道を「行けるだろう」と進みたがるのは私の悪い癖だ。峠まで登ると分岐点があり、方向を修正。道は車も乗り入れられる広い林道になった。

広場はピクニックに最適だ
標高1148m。見晴らしがよいところではどこからでも見える

 視界が開けると目の前に見えるのがサント・ボームだ。なるほど。峠を一つ超えて山裾にアプローチというわけだ。峠を下る道を見つけると、ペイリューの駐車場が。サント・ボーム自然公園の看板も立っている。ここは谷間の平地。小川が流れ小さな池に合流する。グループのハイカーと初めて出くわした。GR9のマーキングも出てきたので、あとはこれを辿っていけば道に迷うことはない。

県道D480沿いにあるLe pas de payruisという駐車場
小川はユヴォーヌ川と合流する

赤白マークはユヴォーヌ川の源流へ導いた。この川は私が来たサン・ザシャリーの村を通り、オバーニュを通過しマルセイユの南で地中海に注ぐ50kmに満たない短い川だ。わざわざここを通る道を選んだのは、リサーチ中に見た写真の水が美しかったからだ。地層に磨かれた水は透明度が高く、日差しを反射して輝いていた。コースアウトすることを気にせず、川の流れを追って上流を写真に収める。

源流という言葉には、どこか人を惹きつける響きがある

 ユヴォーヌ川を離れるといよいよサント・ボームの麓へ向かう。ナント・レ・パン村からサント・ボームまでの短い道を王の道(chemin des roys)というそうだ。聖地であるサント・ボームへの巡礼のため、13世紀から王がこの道を通ったそう。トレイルにはいくつかoratoireと呼ばれる簡易礼拝堂が7つ建っており、さながらお地蔵さんのようだ。コンポステーラの帆立貝のマークも見つけた。スペインのサンティアゴへ至るルートには含まれているようだ。

献花やコインが添えられる。形を違えど信仰の形は似ている

 トレイルは巡礼や観光の拠点となるホテルリーに続く。大きな駐車場も備える教会が運営する宿だ。ここを拠点をおいて、ユヴォーヌ川の源流やいくつかある洞窟を巡るのも楽しそうだ。10km以上移動したので、ここでコーヒー休憩を取る。食事も取れるようだ。

オフシーズンなので人気はないが夏は賑わいそうだ
歴史を感じる店内と暖炉

いざ、サント・ボーム山頂へ……!!

山頂にも礼拝堂が見える

 休憩を終えてカフェを出る。山頂へ至るまでにマグダラのマリアが過ごしたという伝説が残る洞窟礼拝堂がある。いざ目の前にすると迫力がある。岸壁はほぼ垂直。文字通り崖っぷちに簡素な建物があり、岩をくり抜いたかのうような洞窟に礼拝堂がある。

礼拝堂近くになると観光客が増える
断崖の礼拝堂を見上げる
街中の教会と違い、確かに神聖な趣がある

 旅の安全をマグダラのマリアに祈り、足早に道を急ぐ。ここからGR9からGR98に乗り換える。GR98は、サント・ボーム山塊を西にまっすぐ進む分かりやすい道のはずだが、おそらくコースを間違えた。礼拝堂の脇からトレイルに入ったが、道はだんだん獣道のように険しくなり、足場が悪い。GRのマーキングも見つからない。進めば山頂に至ることは確かであと一歩で山頂というところまでは進んだ。が、山頂を目の前にして、強風のため継続は危険と判断して引き返えすことにした。道を引き返すと、歩いているときには気がつかなかったのか、山羊の群れに遭遇した。一瞬身構えたが、草を食べるのに夢中で道を通してくれた。あとから調べたが、放牧しているようだ。

切り立った崖のトレイル。高低差もあり危険度も高い
サント・ボームから眺めたホテルリー。奥の山の麓がスタート地点か

コースを大幅修正。予定外のナイト・トレイル

  残念ながら楽しみにしていた、山頂へは到達できなかった。とはいえ、怪我や事故に遭わないというのが単独行動の大前提。また来れる日を楽しみに、迂回路を探った。結局県道のD80を沿いを走り、プラン・ド・サント・ボーム(Plan-d’Aups-Sainte-Baume)からGRPの道をとることに。ここからコル・ド・ブルターニュ(ピ山頂を示すピックではなく、峠の意のコル)を抜ければ、当初予定していたコースに復帰できる。日没までの時間も迫っていた。
 道路脇を走るのは快適ではないし危険なので、なるべく避けたいが状況によっては確実に人のいる村や街に、早くたどり着ける。また事故や怪我があった時、人に頼れるメリットもある。道路から離れないように、土の道をゆっくり走る。途中マグダラという村を通過した。

奥に見えるのがピック・ド・ブルターニュ(左)ここから40分ほどで峠につく

  一時間ほどで走って、プラン・ド・サント・ボームに着き峠のコル・ド・ブルターニュを目指す。ここでもう日没1時間前ほどだった。躊躇したが、この山を越えないと麓の村まで降りれずマルセイユまでは帰れない。ヘッドライトも持ってきていたので、意を決してトレイルに入った。ところがいつもどおり、アプローチで道を間違える。疲労のせいもあるが、道なき道を進んでしまい、二十分ほどロスしてしまう。フランスのトレイルは、比較的安全なルートを通してくれるので険しい薮が続くようなら、自分を疑ったほうがよさそうだ。徐々に高度を上げていくと、40分ほどで、コル・ド・ブルターニュのまでたどり着いた。ここを突端に地形は西へ大きく沈み込んでいる。波のようにうねりながら、山容がなだれる。圧巻の景色だった。午後六時を迎えて太陽が沈みあたりをオレンジ色に染める。

地中海まで見渡せる展望スポット

 後は下るだけだ。休憩をとり、ヘッドライトを装着する。食料と水はまだあるが、エマージェンシーシートを持ってきていなかった。ビあたりには誰もいない。バークも頭をよぎったが、まだ六時過ぎ。十分に帰れる時間だ。日が沈みつつある巨大な自然の中に一人でいることに、恐怖と緊張の感情があった。闇の中で滑落しても、誰にも気づかれない。しかし同時にこの状況を楽しむような興奮のような感覚もあった。

ピック・ド・ブルターニュを振り返る

 この自然公園の中には電灯はない。その代わり県道D2が走っており、車が一台走っていると遠くからでも光が見える。しばらく夜のトレイルを進むと県道へぶつかった。トレイルのみで下る道もあったが、ヘッドライト一つでは心許ない。再度県道に頼ってジェムノスを目指す。道路から村の灯りが見えた時は、ほっと胸を撫で下ろした。ピック・ド・ブルターニュから約1時間半で下山完了。

日没後の山の稜線が美しい
ジェムノスの街の灯り

 ところが、この旅はまだ終わらない。ジェムノスからは、バスかタクシーで電車の出ているオバーニュに戻ろうと思っていたが、最終バスはすでに出ており、タクシーもない。ということで、残り10kmのランニングとなった。“合宿”という旅の本題からすると、距離が延ばせて結果オーライ? 

やっと到着したオバーニュの街。この下にはユヴォーヌ川が通っている

 出発時間が遅かったり、何度か判断ミスをして道を間違えたが、無事にマルセイユまで戻って来ることができた。総走行距離は約48km、行動時間は9時間だった。サント・ボーム周辺の森は難易度は高くないが山塊付近は足場の悪い崖が多く、トレイルを見失いやすいので注意してほしい。
次回マルセイユを訪れたら山頂へ登り、山塊の南側や東の森も歩いてみたい。