地中海と大地のトレイル。カランク国立公園GR51-GR98

 マルセイユを訪れたのは、3月に出場するトレイルランニングのレースに向けた“合宿”という名目だ。少しまとまった距離を走るには、走り慣れていないコースがいい。地図を睨みながら温かい南に気持ちが動き、二つの大きな自然公園へアクセスしやすいマルセイユに決めたというわけだ。
この記事では合宿の“本名”カランク国立公園を取り上げる。
カランク国立公園 はマルセイユ、カシ、そしてラ・シオタの3つの街をまたぎ、8500haの陸地と43500haの海域を含む巨大な国立公園だ。長い年月をかけて浸食された石灰岩の断崖絶壁が海に迫り出し、独特な景観を形成する。この特徴的な自然環境の中に、多様な動植物が共存する自然の宝庫だ。地中海に抱かれた壮大なトレイルについてレポートする。

出発は夜明け前。アプローチポイントのモン・ローズへ

 2月末。南仏といえど、日が登るのは7時過ぎだ。駅前の広場にあるパン屋で朝食を買いメトロに乗り込む。カステランヌ駅で降りてバスを探した。バスが一台止まっているが、運転手がいない。あたりを見渡して乗り込んで待っていると乗客が後から数人乗ってきた。出発時刻になるとどこからか運転手が現れて、まだ人気のない街をバスは南下する。

港町のドラマチックな夜明け

 バスの終点マドラグ・ド・モントルドンがGR51-GR98のスタートポイントだ。小さなターミナルにはバスが一台止まっていた。一本早い便なのだろう。運転手同士で世間話をしている。あたりはまだ暗く、これといって行くあてもない。留まっていても寒いだけなので、バス停のベンチで装備を確認。ヘッドライトをつけて歩き始めると、すぐに公園を見つける。どうやらここがモン・ローズ(82m)の麓、トレイルの入口のようだ。赤白のGRのマーキングもある。歩き始めはマーキングを見失いやすい。この低山もトレイルが入り乱れていて、少しマルセイユ方面に進みすぎたかと思ったら、夜明けの港町の素晴らしい景色。写真に数枚を納めて方向を正し、トレイルを進む。しばらくは地中海の夜明けに魅せられてなかなか進めなかった。

夜明けとともに入港する船。手前はMaîre島
遭遇したキジ。律儀にトレイルに沿って逃げる

小さな村や湾はこのトレイルの醍醐味だ。マイール島を望むグッド村や、マルセイユヴェイール湾は、前日にプロヴァンスの視点美術館で見た絵や写真のまま。火曜日だからか、入江の小さな村では人気がなく犬が「何しにきたの?」と言わんばかりに早朝の来訪者を眺めていた。

柵を越えて会いにきてくれた

 ソルミュー峠の駐車場に着いたのは11時前。マルセイユの街を左手に降っていると、向かいから二人組の女の子が携帯を片手に声をかけてくる。

「写真?」と尋ねると

「道を聞きたいんです。ソルミューの港に降りたいんですが、どの方面に行けば良いのかわかりますか?」

 僕はいま駐車場に着くところで、自分がどこにいるのかもわかっていなかったが、地図を見て、ソルミュー峠に着いたのがわかった。ここまで約10Kmを3時間ほど来ている。彼女たちに村に降りるなら、反対だよ、と伝えて駐車場降りた。車が数台止まっている。アウディの二人組は、遅刻している仲間を待っているようで、大音量のスピーカーで電話をしていた。

「大丈夫だよ、もう着く。もう着くから待っててよ」

 悪びれる様子のまったくない陽気な声があたりに響く。少し腰を下ろして、エネルギーを補給し、先を急ぐ。

 駐車場からアクセスしやすい、ソルミューやモルジウが近いからか、トレイルに人増えてきた。のんびり犬と散歩するご夫婦や僕と同じようにランニングする人たちも。トレイルから見下ろす村は絶景そのもの。海のブルーが美しい。

二つの岬に挟まれたソルミュー湾

 登りが増えてくるのが、スジトン峠を超えたあたりから。大きく腕を伸ばすモルジウ岬を見下ろしながら、200mから460mほど標高を上げる。岸壁をよじ登るスポットがあるが人気が少なく、少し登ったところでマーキングを見失った。足場が悪いので、登ってきたのでハイカーを待って彼の後を追うようにトレイルに復帰した。

写真のハイカーのおかげでトレイルへ復帰
キャップ・グロの撮影スポット。眼下の入江が美しい

 しばらく進むとあたりでも一際高い、キャップ・グロに到達する。文字通りの絶壁で、崖の淵に立つと足がすくむが、記念撮影スポットになっている。崖の反対側は馬の背のようになっており、一休みしているグループが多く見られた。確かにもう13時過ぎ。お昼の時間だ。当初はラ・シオタまで行くつもりだったので、一休みしたい気持ちをぐっと抑える。

 キャップ・グロを頂点にトレイルは標高を下げる。振り返るとこんもり盛り上がるキャップ・グロの全容が見えた。コースから外れているが、山頂までも上れたのかもしれない。

 トレイルは垂直な岸壁が続くドゥヴォンソン断崖を通過。見下ろすと眼下に鳥の群れが飛んでいる。崖に営巣しているのだろうか。遠くに集落が見えてきた。近くに街はないので、カシスで間違いないだろう。もうすぐだ、と思いながらも地図を見るとまだ10km弱はありそうだ。

 海岸沿いから、北側の樹林帯へコースは続きどんどん坂を降りていく。このまま海の近くに出るのかと思いきや、平地に着いたところで、再び登り。しかもかなりの急坂だ。

急勾配で足場が悪い。なおかつ人が多い箇所だ

 道標にはアンヴォーとある。入江があるのか軽装の人たちが多い。順番待ちをしながらゆっくり登ると、これまでの険しい景色とは一変。オアシスのようなパン湾に着いた。水浴びしている人はまだいなかったが、子供たちは足をつけているし、みんな敷物を広げてピクニックをしている。どうやら、リゾートエリアに差し掛かったようだ。リラックスした南仏の雰囲気に段々と飲み込まれていく……。

ちょうど学校の連休と重なっていたため家族が多い

 隣のパン湾、ミゥー港とカシに近づくにつれて、狭い入江に停泊した船が並ぶ可愛らしい景色が続く。カシから、ラ・シオタまでは、13km程度だが、今のペースだと3時間前後はかかる。帰りの電車の心配もあったし、何よりマルセイユに来てからバカンスらしいことをしていない。ここで遅めのランチをとって、合宿を終えるのもよいかもしれない……と自分を甘やかす方向にどんどん考えが偏っていく。

これまでの険しいトレイルとは一転。リゾート感満点

 結局、カシスのカフェに入り、今回の行程は終了。約35km、到着は14:30だったので、行動時間は7時間半ほど。距離はそこまで長くはないが、慎重に進む必要のある断崖や、険しい崖上り、それに美しい景色に目を奪われながらのランニングで思ったほど距離が伸びなかったものの、南仏の大自然をおおいに楽しめるトレイルだった。

絶景と美しいビーチを求めてたくさんの人が訪れるが、ハイキングやトレイル・ランをするならば、十分な準備が必要だ。トレイルの大部分が小石の多い砂利道で滑りやすい。海沿いで風邪の影響をもろに受けるし、日差を遮る場所も少ない。また、岩肌をよじ登る箇所もあるし、数十メートルの高さになる断崖に防護柵はなく滑落したらまず助からない。滑落死もよく起きているそうだ。甘く見積もらないでこの自然を楽しんでほしい。
なお、自然保護と火災の危険から毎年6月1日から9月30日までは公園内のアクセスが禁止になる。

参考URL:http://www.calanques-parcnational.fr/fr

牡蠣とロゼワインで旅を締めくくる