Avec Sweety #3 Canitrail Trail des Châtaigne

フランスで森や山をハイキングしているときに、傍に犬を連れているハイカーやランナーをよく目にします。
尻尾をなびかせて足取りは軽やか。時々飼い主の顔を覗いて楽しそうに走る犬。
走ることが好きな犬と旅したらさぞ楽しいだろう、そう思っていたところ、
友人に誘われて私にも犬と一緒に走る機会がやってきました。
パートナーはランドネ仲間・祥子さんの愛犬Sweetyです。
初めてチャレンジしたカニトレイルレースの動画とテキストでをお届けします。

誰とでも仲良くなる愛され犬

 Sweetyはハスキーとサモエドのミックスの女の子。彼女と出会ったのは2022年の春、主催しているランドネに来てくれたのだ。当時はまだおてんばで、元気に森を駆け回っていたかと思ったら迷子になっていたこともある。毎月ランドネで会っているうちに我々は絆を深め、Sweetyも私のよき友人と認識してくれるようになった。

 正直なところ、私は根っからの猫派だ。子どもの頃に公園で犬に追いかけられたことがあるし、友人の家に遊びに行くと隣の家の犬が毎地に吠えたてて来て、犬に対しては少なからず恐怖心があった。猫は犬よりも愛想はないものの、飼い主との緩いつながりはあって、その距離感がちょうどいい。

 Sweetyは初めて会った時から、ランドネのメンバーにすんなりと馴染んだ。初対面でも警戒することがなく、吠えることもない。私が飼い主の祥子さんに変わってリードを握って歩いても、すんなりと受け入れてくれる。2年経って、少し落ち着きも出てきたし、この犬とならレースも走れるかもしれない、そう思って初めてカニトレイルの大会にエントリーしたのだ。

 祥子さんが提案してくれた大会はパリ近郊・Argenteuilで開催されるトレイルランニングの大会「Trail des Châtaignes」。距離別に3つのトレイルランニングのレースが行われ、イベントの一環で犬と走るカニトレイルのレースが設置されていた。コースはセーヌ川の北部の小高い丘の上にある森林地帯だ。最寄駅のCormeilles-en-Parisisには初めて降りたが、丘に向かって斜面上に住宅街があり、気持ちの良いエリアだ。大会会場となる要塞跡は、丘の頂上にある運動施設の隣だ。

スタート直前、大興奮の犬たちと動じないSweety

 カニトレイルのエントリーは100組弱と小規模なレースだ。それでも犬にとってはこんなにたくさんの犬が一挙に集まる機会はないのだろう。興奮した犬の吠える声でスタートエリアは騒然。飼い主たちは犬を宥めるのに必死だ。Sweetyは周りの犬にちょっかいを出されたり、気になった犬に挨拶をしようとするが、興奮する様子もなく、マイペース。「何をそんなに吠え立てているの?」とやや冷めた目で周りの犬たちを眺めている。犬初心者の私にとってはありがたい限りだ。

要塞跡は綺麗に保存されている

 主催者の簡単なブリーフィングがあり、(犬の吠える声で何も聞こえない)我々、ランナーはスタートするために列に並んだ。血気盛んな犬たちに煩わされるのも嫌だったので、後方に並んだ。Sweetyは出番がまだ先と悟ったようで、地面に伏せてお休みモード。周りを見てもこんなに落ち着いている犬はいない。スタッフにもエライねぇ、と褒められていた。

「まだ遊ばないの?」と横になるSweety

 ようやく我々の順番が回ってきた。臨戦体制に入るSweetyを「まだだよ」となだめて待つ。彼女は2022年にドッグシッターのLucと大会に出ている。何が始まるのか分かっているのだろう。
「3、2、1 Go」審判のカウントでレースが始まる。Sweetyは全力疾走で走り出した。ボランティアの誘導指示にも従ってコースを駆ける。上り坂もなんのその。ペースを落とさずに走る、走る。スタート前に溜め込んだ「遊びたい気持ち」が爆発しているようだ。全身で駆ける喜びを表現している。

 ふだん長距離の大会に出ている私は、こんなにハイペースで走ることはない。ほとんど短距離走だ。おいおい、Sweetyちゃん。今日は15km走るんだからちょっとはペースを考えようぜ。でも、犬の体力はどんなものだろう、という興味もあった。Sweetyは屈強な犬ぞり犬の血を引いている。中・距離走は得意かもしれない。ひとまず彼女のやりたいようにやらせてみることにした。

 Sweetyは要塞の外周で、我々よりも先に出走した、飼い主のペースに合わせて走る犬たち(偉い)を、見つけて華麗に追い抜いた。ランドネでも彼女はいつも先頭を歩きたがる。「私のほうが早いんだから!」と得意げに見える。引っ張られる人間(私)は、一所懸命足を回して犬についていく。

 要塞を出たところで、ギャラリーが声援を送ってくれた。犬たちが一所懸命走る姿が愛らしいのだろう。ふだん出ているトレランの大会よりも、声援が柔らかい。写真をたくさん撮ってくれた。飼い主の祥子さんもそこで待っていてくれた。Sweetyは走るのが楽しいのか、一瞬素通りしてから、「あ!」という感じでご挨拶。行ってきまーす、と別れを告げてレースを続ける。

 要塞を出てトレイルに入った。この日は絶好のレース日和だった。この季節にしては珍しく日が射して、色づいた森を照らしてくれる。トレイルは落ち葉でふかふかだ。Sweetyも気持ち良さそうに森を駆けている。ようやくジョギングくらいのペースに落としてくれた。よしよし。このペースで行けば15kmはあっという間だ。いいぞSweety。序盤の全力疾走で喉が渇いたのか、水溜りで給水、他の犬たちを追いかけてまた走り出した。

犬が溜まっている水を飲みたがるのはなぜなのか

 道路を渡り、コースが南斜面に差し掛かる。日当たりのよいバルコニーのような、気持ちの良い広場に抜ける階段状の下り坂だ。前をゆくランナーはパートナーに「Doucement(ゆっくり)」と声を掛けて慎重に降りる。私もSweetyに声を掛けてペースを落とすのだが、目の前に誰かがいたらSweetyは追い抜きたい。彼女を制御しながら階段を降りて、道が開けたところでリードを引っ張る力を緩めると、ぐんぐん加速してたちまち目の前の二組を追い抜いた。この勢いのまま登りそうだったので、さすがに私がついていけない。「もうちょっと、ゆっくりお願い〜」とSweetyに頼んでペースを合わせてもらった。

 誘導のお姉さんがいるところで、Sweetyが立ち止まった。よしよし、いいよ。ちょっと休憩だな。祥子さんから聞いたSweetyのトリセツは、“彼女の赴くままに。無理強いは嫌い”。彼女の意思を尊重して水とオヤツをあげる。人間も走りながら、水とカロリーを補給しなければならない。犬もチャージが必要だ。

飽きちゃった? Sweety選手、大ブレーキ

 補給が済んでレース再開。水も飲んだしオヤツも食べた。ようし、どんどん進もう。森を出て道路脇を走っていると、Sweetyは塀の奥の墓地で何かを見つけたらしく、くんくんと気になるようだ。ネズミの匂いでもするのかな。少し気が散ってきたようだ。犬用のエイドまでたどり着くと、バケツに水が入っていて犬たち飲んでいる。Sweetyも混じって水を飲んだが、続々とやってくる他の犬たちが気になる。一緒に遊びたそうだ。Sweety、今日は走る日なんだ。後ろ髪(犬の場合は尻尾だろうか?)を引かれるようだったが、また走り出してくれた。

 順調、順調。と、思った矢先。Sweety、森の中で立ち止まって座り込んでしまう。あれ、疲れちゃったのかな? 後続ランナーに追い越されても気にならないようだ。少し休んだら大丈夫だろう。ほらほら、Sweetyちゃん。オヤツでも食べて。彼女のご機嫌を伺うこと5分ほど。「もうちょっとなら付き合ってあげてもいいよ」といった感じで再び走り出してくれた。

 下りは一緒に駆け降りてくれたが、それに続く上り坂でベンチを見つけて再びブレーキ。ふむふむ。確かにいつものランドネではベンチとテーブルがあったら、ランチの時間だもんね。よく覚えていてエライ。再びオヤツを与えてご機嫌を取る。よしよし。補給したらまだまだいけるはず。あと半分くらいだ。

集中力が落ちてきたSweety選手

 序盤は駆け上がるように登っていた登り坂もお散歩ペースに。コースがフラットになったところでジョグペースで進んでいたのだが、下り坂に差し掛かったところで、Sweety、座りこんでしまう。あれ、ついさっきの降りは楽しく走ってたのに。ちょっと、休憩のペース早くないですか? ほら、オヤツでも食べて……。

一歩も前に進みたくないという強い意思を感じた

 しかしSweety、今回は頑なだった。「疲れたねぇ〜」「ゆっくりでも大丈夫だよ〜」とおだててみたものの、目も合わせてくれない。交渉材料のオヤツだけ取られ損。オヤツは残りわずかしかない。10分くらい一緒に座り込んでご機嫌とっていいただろうか。Sweetyの座り込みストライキに私は根負けして、来た道を戻ることに。

Sweetyの粘り勝ち。コースを逆走します

 栗のイガが落ちている道が嫌だったのか、それとも祥子さんと離れすぎて寂しくなってしまったのか。はたまた人間の都合で走らせれるこの遊びに飽きてしまったのか……。この段階では、私はレースを諦めたわけではなく、迂回してどうにかコース復帰する方法を探していた。あの道が嫌ならば別のルートから合流すれば、Sweetyも分からないだろう、と。だが、この作戦は大失敗。しばらく藪を走っていたが、コース復帰する道が見つからない。そしてSweetyはコースの方向に歩きたがらなかった。

主張する犬。犬とのコミュケーションも楽しい

 私のずる賢い策略を勘づいたのか、Sweetyはトレイルから外れた藪の中に窪みを見つけて入り込んでしまった。 直径15m、深さにあるクレーターのようなこの窪みを一緒に降りてしまうと危ない。体重を掛けて「だめだよ、おいで!」と声を掛けるが犬も犬で言いたいことがあるようだ。倒木の間に身を潜らせて全身でイヤイヤと言っている。犬と人間の文字通りの綱引きである。途方に暮れた私は、ついにレース続行を諦めた。最後のオヤツを取り出して、「分かったよSweety、帰ろうか」というと現金な彼女はひょっこり戻ってきた。さすがパリ育ち。ストライキでの交渉はお手のものだった。

 帰り道、Sweetyの足取りは軽かった。ふんふん、と気持ちよさそうに森の中を走っている。体力はまだあるみたいなのに、なぜ? 多感な年齢の女の子の気持ちは分からない。適当なところで、スタッフに棄権を伝えようと思ったのだが、会場の要塞に着くと「あっちだよ、あともう少し!」と誘導されてしまう。あ、えーと……と言い淀むも、Sweetyも走ってくれているし、まぁいいかとコースを進むことに。さっきのストライキが嘘のように楽しそうにしている。ちゃっかりコースに復帰して、スタッフにちやほやされて調子のよいSweetyに笑ってしまう。スタートと同じく要塞をぐるりと回って、暗い城内を出たところでゴールのアーチが見えた。

コース最後、要塞内の通路

 ようし、Sweetyゴールだよ! 彼女も分かっているのだろう。得意気に坂を駆け降りてフィニッシュゲートをくぐった。
スタッフの女性がBravo!と完走メダルを掛けてくれたが、ここで正直に告白をする。「実は途中で引き返しました。Sweetyが途中で走りたくなくなってしまって」彼女がちらっとSweetyを見たが、Sweetyは目を合わせず知らん顔。彼女はメダルを掛けてくれて「参加してくれたから、メダルはあげるわ。でも、記録は棄権でいいわね?」
 はい、もちろんです。ということで、Sweetyとの初めてのカニトレイルは棄権で失格という結果に。残念ではあったけど、感情豊かでおしゃまなSweetyにはたくさん笑わせてもらった。

 友達と一緒に走るのも楽しいけれど、犬と一緒に過ごす競技はまた違った楽しさがある。言葉は交わさないけれど、感情や意思の交換をして、通じ合えるのが楽しい。遊んでくれてありがとうSweety。次は何をして遊ぼうか。