UTMB World Seriesの中でも、どこか話題になりにくいフランスAlsace地方のTrail Alsace Grand Est。 観光地としては世界的に有名なこの地域の100mileレースに、今年5月に挑戦してきました。開催に2回目の本大会。悪天候と戦いながらの171kmのレース模様を、動画と記事でお楽しみください。
可愛らしい村やキリッと冷やしたリースリングとピノ・グリ。葡萄畑の織りなす景色。何度か訪れたことのあるAlsace地方は、フランスの中でも好きなエリアだ。歴史的にドイツの影響を強く受けており、文化的にもフランスとドイツとのハーフ、といった具合だ。だが、ここを走りたいか、と言われると少し話は変わる。この大会のプレイグラウンドはライン川西部のヴォージュ山脈。アルプスやピレネーといった3000-4000m級の山々を擁する山脈と違い、1000m前後の低い山脈なのだ。アイガーやモンブラン、など分かりやすいシンボルがないこのエリアの大会には、正直なところ、強い“引き”がなかった。
そんなこの大会に出た理由は、単純にランニングストーンを獲得するためだ。UTMB出場の抽選に外れてから(昨年12個も集めたのに)、パリからなるべく近い大会を探してエントリーした。この大会は累積獲得標高が比較的低いということで、難易度も下がる。言ってしまえば、「ランニングストーン獲得のコスパ」がよく思えた。それに美味しいワインを飲みにいくきっかけにもなる。5月は天気もいいはずだし、旅行気分で出かけたのだった。
ところが、滞在先のStrasbourg到着時から空は曇天。時折雨がぱらつく。大会当日にゼッケンを取りに行った、ゴール地点のObernaiの村にも冷たい雨が降っている。会場も閑散としていた。ここからスタートのColmarまでバスを予約していたので、レストランで食事して暖をとり、午後はマクドナルドで時間を潰して大会のシャトルバスを待った。夕方になると雨は止み、バスの窓からも美しいぶどう畑の景色が見えた。
スタートは快調だった。気になっていた雨も上がり、スタートに集まった観客から声援が上がる。世界的に有名なこの村を駆け抜けられるのは爽快だ。村を出るとトレイルは農地になり森へ入っていく。ちょうど日が傾き、ヘッドライトが必要な暗さになってきた。
Colmarから11km先にある最初のエイドは山頂の城跡だった。城壁から山並みやColmarの街の灯りが見え、城の中庭で演奏が行われていて夜の古城の雰囲気を盛り上げてくれる。このアトラクションは、他の険しい山岳地帯のレースではあまりなくとても楽しい。
続くTurckheim、Kaysersbergの村も、Alsaceらしい城塞都市で、城壁に囲まれた可愛らしい街並みだ。村に入るのに必ず城壁をくぐる。門をくぐると村の方々が声援を送ってくれるのが嬉しい。トレイルは樹林帯が中心で、テクニカルなポイントはここまではほとんどない。気持ちの良い夜の森を走っていた。
夜が明けるのは5時頃。森の鳥たちが一斉に歌い出す。この1日の始まりに山の中にいることができるのもロング・レースの醍醐味だ。太陽が登って、今日もよい1日になりそうだった。68kmのHaut-Koeningsbourgの城からは素晴らしい朝の景色を眺められた。
この山を降りて、Châtenoisの村まで降りる。ここでドロップ・バッグを回収できたので、水道で体を洗い、服を着替えて長めの休憩を取る。食事をした後にテーブルに突っ伏して15分くらい睡眠をとった。このエイドだけではないが、総じてここの大会はエイドの設備はあまり期待しないほうがいい。シャワーが使えなかったし、仮眠用のベッドにも限りがあった。
お昼過前にこのエイドを出発して再びワイン畑の抜けて森へ入る。そう、このレースはコースマップを見ると分かるように、最初から最後まで、村→ワイン畑→森→山頂の古城→森→ワイン畑→村の繰り返しになる。山岳レースでも基本的には同じなのだが、ここでは眺望がほとんど変わらない分、この景色の反復が徐々にモチベーションを下げることにレース後半で気づいた。そして、レース中盤から非常に水捌けの悪いトレイルを走ることになる。
多少の泥道なら問題ない。トレイルランニングをやっていれば、泥道を走るのは日常だ。だが、それが長時間続くと心理的にも身体的にも影響を及ぼしてくる。日が暮れる前の夕方頃、森の中で雨が降り始めた。初めは気にならなかったが、雨は勢いを増してみるみるうちにトレイルが濁流に変わる。雨のせいで、同じペースで走っていたランナーはペースを落とし、しばらく暗い森の中を単独で心細く走るシーンがあり、ようやくスタッフを目にした時はほっとした。視界も悪くなり、マーカーを見失うこともあった。雨のせいで夜は気温が下がり、立ち止まっていると寒い。エイドでお湯をもらって紅茶やコーヒ、味噌汁で体を温めた。
幸い雨は夜のうちに上がり、最終日まで降ることはなかったが、森の水捌けが悪いせいで2日目に引き続きトレイルはぐちゃぐちゃだ。77km地点で履き替えたinov8のTrailfly Ultraは、靴の中まで水が溜まっている。履き替えた時にワセリンなどで対処しなかったからだろう、徐々に足の皮がずれて水分を溜まり、豆ができて走る時に痛みが出てきた。121km大きなエイドBarrで、乾いた靴下に変えて医療スタッフに豆の処理をお願いした。もう、ここまでくると眠くて仕方がない。スタッフが処理している間に簡易ベッドで短時間の睡眠をとる。エイドを出てからも、森の中でベンチを見つけては5分、10分と目を閉じた。夜明け前、Klingenthalのエイドでもベッドがあったが既に埋まっていて、スタッフが「15分後に起こしますよ」と言ってくれたのでベンチで寝かせてもらった。
3日目の夜は、眠気とぐちゃぐちゃのトレイルにいらつきながらトロトロと進んだ。泥はもう避けようがなく、それなら滑らないように泥に突っ込んだほうがいい。靴の中は相変わらず水が溜まり不快だ。このペースで走るワイン畑のトレイルは、冗長でものすごく長く感じる。ようやく元気が出てきたのは、最後のエイドRosheimを出た後だ。他のランナーはいわばゾンビ状態で歩いている。私も相変わらず、歩くよりも少し早いくらいのペースで走っていたが、「このままだとギリギリじゃないか」と危機感を持ってからはできる限りプッシュした。街が近づくと人も増えて、頑張って走っていると声援をもらえる。それをパワーに変えてどうにか体を動かす。Obernaiの丘から見えた村や山は感慨深かった。「あの山を越えてきたんだな」という想いを抱えて丘を下り、金曜日にゼッケンを受け取ったObernaiの村に凱旋する。
意識が朦朧とする中、なぜかウイニングゲートの階段が閉まっているように見えたが、村の十人が「そこを渡るんだよ」と教えてくれた。日曜日の午前中だったからだろう。ウイニングロードは閑散としていて、思わず「人少なっ」と言ってしまった。それでも、先にゴールしたランナーがが「Bravo!!」と声をかけてくれる。直接話したわけではないが、同じ経験をしたもの同士で健闘を讃えあうのは嬉しいものだ。身も心も泥々になりながら、ゴールゲートをくぐった。
データだけ見ると、このレースは他の100mileレースより難易度は低い。それは間違いないだろう。5月のAlsaceで雪は降らないし、高所での酸欠の心配もない。ただその分かなり走れるコースになっているので、私のようなスローペースのランナーには簡単ではない。それに、走れるコースも今回のように、天候のせいでトリッキーなトレイルに化ける。100kmを超えてからの泥々のトレイルは精神的にかなり滅入ってしまった。最後に走り終わってからの感想だが、Alsaceは、トレイルを走るよりも観光できたほうが楽しい、かもしれない。
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