EIGER ULTRA TRAIL BY UTMB®。トレランとGrindelwaldの魅力が詰まった51kmの旅。

 Eiger Ultra Trail by UTMB®はその名の通り、アイガーを抱くスイスアルプス谷間の村、Grindelwaldで行われる大会だ。種目は、距離別にE101、E51、E35、E16、そしてE250の5種類。コースによって走るエリアも変わってくる。今回は「パノラマトレイル」とも呼ばれる51Kmに出場。絶景のスイスアルプスで開催されたレースのレポートをお届けする。

いざレースの舞台、Grindelwaldへ

 このレースを見つけた時にはすでにE101の応募を締め切られており、E51の応募開始が数日後に始まるところだった。エントリー開始時間にべったりパソコンにへばりついて出場権を得たが、出場枠はエントリー開始してから10分ほどで終了していた。トレイルランニングの楽しみは、やはり圧倒的な自然の中を駆け回れること。それが世界的な山岳リゾート・Grindelwaldで開催されるのであれば世界中からランナーが殺到することも納得できる。実際、どの種目でも、50〜60の国籍の選手が出場していた。日本人も私がこれまで参加したレースよりも多く2,30人が出場していたのではないか。

 スイスの物価はヨーロッパの中でもトップクラスに高い。そのため、私はエントリーを終えて早々に村の麓、Grindelwald Grundのドミトリー「Eiger Lodge」を予約した。一泊60€。この時期にこれより安い宿となると、キャンプサイトでテントを張るくらいしかないだろう。施設は清潔で朝食もついている。ランナー・フレンドリーな宿で、レース当日はいつもより早い時間から朝食が食べられたし、大会のある週末は宿泊者の大半がランナーだった。

 村の中心まで20分ほど歩く必要があるが、ケーブルカーや登山鉄道も止まる「Terminal」駅まで5分ほど。宿泊客はバスが無料で乗れるので、アクセスは非常によい。併設のバーなら村で食べるよりも安くハンバーガーやカレーなどを食べることができるし、遠征を安く済ませたいという方にはおすすめできる。

広々としたテラスで食事やビールも飲める

 Grindelwaldには7月6日の木曜日に着いた。パリからは電車で来れるが、それでもかれこれ6時間ほどかかった。朝早かったうえに電車でよく眠れなかったので、その日は到着してから少し宿の周りを散歩をしてすぐに布団に入った。

ビブスの受け取り。参加賞は大会ロゴが入ったVictorinoxのナイフとストラップ

 翌朝、ビブス引き取りの開始時間9:00に間に合うように朝食を済ませ、会場の体育館へ。少しだけ列ができていたが、スムーズにビブスと参加賞を受け取る。装備はアウターと携帯電話だけチェックされた。この日は滞在中の貴重な自由時間だったので、体育館の向かいにあるスーパーマーケット・COOPで昼食を調達して、Eiger Trailを通ってKleine Scheideggまでハイキングした。このEiger TrailはE101とE35のコースになっているが、私が出場するE51は通らないので歩いておきたかったのだ。このハイキングについては、別記事で紹介したい。

UNESCOの世界自然遺産にも登録されているEiger Trail

 日中をEigerTrailのハイキングをして過ごし、夕方19時には山岳鉄道で宿に戻ってきた。翌日のスタートは7時15分なので、21時頃にはベッドに入った。タイムマネジメントは申し分なかったが、緊張とドミトリーという環境のせいか、明け方までうとうとしたまま熟睡できずにいた。レース前は大抵よく眠れない。前日はぐっすり眠れたのに。いつのまにか浅い眠りに入って数時間というところで起床時間の5時になった。朝食を済ませて、早めにスタート地点に向かう。外は快晴。目の前にアイガーが聳えている。

宿から見えるアイガー(上)とスタート会場(下)

常にアイガーを望む絶景のコース

 E51の出走は1000人ほど。それを9時間以下と9時間以上のゴールタイムという2つのウエーブでスタートさせる。私は今回スピードを出すと決めていた。51kmとこれまでのレースより比較的短いし、コースを研究するとテクニカルな路面が少なく、走れる区間が多いと思ったからだ。7時15分定刻にレースの号砲が鳴る。村を抜けて、雑木林からトレイルに入った。すぐに標高2000mのGrosse Sheideggまでの登りが始まる。

写真下の建物がエイド。谷にはカウベルの音がのどかに響く

 装備もスピード重視で臨んだ。シューズはゼロドロップシューズのAltra Loan peak 7。大会では未使用だったが、何度か練習で使ってみて足運びの軽さが気に入った。安定性と適度なクッション、そして反発があり、何よりフォアフットでの着地と蹴り出しでスピードに乗れるのが楽しい。100km以上の長距離ではこれまで使っていたクッションの強いInov-8のTrailFly Ultra G300のほうがよいと思ったが、51kmという距離は新しいシューズを試すよい機会だ。水はソフトフラスクを2本で計1ℓ、補給食はジェルとシリアルバー、フルーツゼリーを数本Decatholonで買い込んだ。累積標高が3000m以上あるので、トレッキングポールも忘れない。

Grosse Sheideggは道路がありアクセスしやすい

 序盤は中間よりも少し早いポジションをキープしていた。ペースを落とさずにがつがつ登っていったのだが、心拍数はそこまで上がっていないのに、異常に呼吸が荒い。周りのランナーから「まだ50kmあるんだから、気楽に行きなよ」と心配されるほどだった。標高は1000m前後だったので、酸素が薄かったからなのか、わからない。ジェルを一本飲んで呼吸を整える。幸いしばらくしたら落ち着いたが、序盤での呼吸の乱れには動揺した。村の東から標高を800mほど上げて最初のエイドGrosse Sheideggに着いた。ここの登りは傾斜も緩く登りにくい道ではない。エイドでは水の補給と行動食を食べてすぐに出発した。ここからアイガーを望むルートを走る。

パノラマ・トレイルの名前の通り絶景が続く

 ここから村からロープウェイでアクセスできるFirst展望台までのトレイルは、観光客が多く訪れるせいかスニーカーでも歩けるくらい道が整備されている。ランナーとしては距離を稼げるゾーンだ。眼前の美しい山々も背中を押してくれて快調に進む。第2エイドに到着する前にコーラを飲ませてくれるプチ・エイドがあった。暑くなってきたのでコーラがうまい。

ケーブルカーの駅の反対が崖になっている。遊歩道は走ると揺れた

 ハイカーが増えてきたと思う頃に第2エイドのFirst展望台に到着。崖の上に架けられた空中遊歩道を通過して、ぐるりと崖を巻いてエイドへ。ここも補給したらすぐに出発。前半のエイドではコーラが準備されておらず、飲み物は水かスポーツドリンクが多かった。展望台からBachalpseeまでのルートも最高だ。長距離・長時間の苦しさを乗り越える楽しさもあるが、大自然を全身で体感できることが、このスポーツの醍醐味だということを改めて感じる。

Firstからは3kmほどのBachalpsee。ハイカーにとっては絶好のランチスポットだ

 Bachalpseeではたくさんのハイカーが景色を楽しんでいた。日本人の応援グループが私に気づいて「ナイスランでーす」と声をかけてくれた。久しぶりに日本語で応援の言葉をかけられたので、すぐに応答できず手をぶらりと挙げて応えた。言語を問わず、応援されると走る力をもらえるが、それが母国語だといっそう嬉しい。湖を越えるとReetiという山の裾を巻いて、第3エイドのFeldまで数百m標高を落とす。そこから、このレースで最高地点2700mのFaulhornまで5km、600mほどのヒルクライムだ。

牧場の納屋だろうか。美味しいチーズを出してくれた

 改めて気づいたのだが私は登りが下手なようだ。足を使って登ってしまうせいで、ふくらはぎが何度か痙攣して、攣る一歩手前の状態に。その度に立ち止まってストレッチをしたり、足を揉んだりして誤魔化すのだが、登りでの足の消耗が激しい。山頂はずっと見えているのに、なかなか近づいて来ない。リザルトを見ると実に90人以上にこの区間で抜かされていた。

たんたんと登るランナーに次々と追い越される

 ようやく頂上に着くとそこが第4エイド。ここにはホテルがあり休憩しているハイカーで賑わっていた。登ってくるのは大変だが、ここで宿泊できるなんて最高だ。一部屋110CHFとそこまで高くないので、ぜひ一度宿泊してみたい。

Faulhorn頂上。記念撮影スポットも

 さて、最高地点に到達したところで長い下山が始まる。トレイルはWintereggという山塊の北側を抜ける。アイガーは見えなくなってしまうのだが、北側の景色も荒々しくて素晴らしい。崖のシングルトラックのパートがあり、ランナーの追い越しや対向ハイカーとすれ違いに気をつけていたが、女性ランナーが石で滑ったのか転倒していた。

路幅も十分で緩やかに下っている

 ここの下りは絶好調だった。Loan peak 7は足が捌きやすく、グリップ力も信頼できたのでスピードに乗って、どこまでも走っていけそうな高揚感があった。時折訪れる、ランナーズ・ハイというやつだ。「On your left」と前方のランナーに声を掛けて抜かしていく。このまま最後まで走っていければよいのだが、残念ながらそうはいかない。少し登りがあるとすぐにペースを落として歩いてしまうことになる。

岩肌を剥き出したワイルドな景観

 30kmあたりだろうか、登りに差し差し掛かったところで、前にいたオランダのランナーと少し話した。昨晩飲みすぎて調子が悪いとか。それでこのくらい走れているんだから、大したものだ。私は「もう登りたくない、これが最後だといいなぁ」と弱音を吐いていた。沿道で応援してくれるハイカーにも「もう疲れたよ〜」と愚痴をこぼす。苦笑いをして「Keep going!」と檄を飛ばしてくれる。正直なところ何を話すか関係ない。誰かと話して、少し笑うだけでパワーをもらえる。一人で参戦している私にとって、こうしてコミュニケーションをとってモチベーションを保つのも大事なことだ。何よりレースを楽しめる。鉄の階段が架けられた崖を登ると、二つの湖美しいに挟まれたInterlakenの街が見えた。

中央の町がInterlaken。Grindelwaldまでの登山鉄道が発着する

辛い終盤もトレランの醍醐味

 標高2000m代からさらに標高1000m代まで下山が続く。思ったよりもしんどい。出走前は「最高峰のFaulhornまで来れれば、あとは下りだけ」と甘く見積もっていたが、トレイルランニングのレースはそんなに簡単ではなかった。ここまではほとんど森林限界を超えた開けたトレイルが多く、とにかく走りやすい道だった。ここからの下山は、急勾配の牧草地を抜けて暗く狭い樹林帯のトレイルを抜けることになる。

単調な林道は足とメンタルに来る

 特に樹林帯は急峻なシングルトラックで、慎重なランナーが先頭にいると渋滞してしまいかなり時間を食う。木の根も多く転倒や滑落の危険もあるので、追い越しは危険だ。後ろにいた女性ランナーが転倒したので、「大丈夫か?」と声をかけたらお互い日本人だと分かり少し話をした。40km地点でこの足止めは、彼女も想定していなかったと言っていた。樹林帯を抜けた後に数百mだが、登りがあり私はここでメンタルをやられてしまった。 

 補給がうまくいっていなかったことも関係していると思う。エイドでは欠かさずに何かしら食べていたが、ジェルかナッツのバーしか携行していなかったのが失敗だった。ジェルは1時間おきに摂取するはずが、4,5本目くらいから甘ったるくて受け付けなくなってしまった。ナッツのバーは噛み砕くのに時間がかかり、乾いていて飲み込みにくい。水と一緒に流し込む形で食べていたので、余計に水を飲んでしまっていた。加えて20kmは続いている下りで足に疲れが出てきた。急な下りでは腿を使ってブレーキをかけてしまう。そのため大腿四頭筋に負荷がかかり、筋肉痛を起こしていた。距離に関わらずレース終盤はしんどいものだが、今回は携行した補給食の選択が甘かったのは否めない。

第5エイドでは伝統衣装を着てのホルンの演奏が行われていた

 標高約800mの最終エイドBurglauenenで、コーラと果物を補給してから川沿のトレイルを使ってGrindelwaldを目指す。残り7kmはほぼフラットだ。雪解け水を集めた川は、時折クーラーのように冷えた空気で火照った体を冷やしてくれた。とても走りやすいのだが足が重い。気力を振り絞って数百メートル走っては歩き、また数百メートル走ってと、騙し騙し距離を稼ぐ。疲れているのは皆同じだ。追い抜くこともあるし、追い越されることもある。この段階では「あと少しだよ!」とお互いに励まし合いながらゴールを目指す。私も一人の女性ランナーと、何度も追い越し追い越され、そのたびに「え、あんた走るの?」という笑顔(苦笑い)を交わしてパワーをもらった。川を渡って宿をとっていた村の下Gridelwald Grundを通過したらゴールはもうすぐだ。

最後の登り。ここ抜ければ目抜き通りに出る

 と思いきや村の直前で遠回りをさせられて最後に数十mの登り。意地が悪い。さっきの女性ランナーはここで一歩も進めない、という様子で立ち止まっていた。坂を登り切れば沿道の声援が背中を押してくれる。日本語で「頑張ってください!」という声が聞こえて今回は「はーい!」と元気よく応える。フィジカルのダメージはむしろ増えているはずなのに、声援で再び走れるようになるのは不思議なものだ。

アイガーの石でできたメダルをもらい、地ビールを飲んでレースを締めくくる

 ゴール地点からは雄大なアイガーが朝と変わらずに聳えていた。51kmだったが、トレイルランニングに簡単なレースはない、と身に染みて感じた。同時に、雄大な自然の中で走ることだけに集中できること、同じ目標のランナーと励まし合いながらゴールを目指せること、ボランティアや沿道の方々からポジティブなエネルギーをもらえること。それら全てが詰まった、トレイルランニングの楽しさを存分に味わえた大会だった。

フランスを中心にヨーロッパでのハイキング、トレイルランニングなどの外遊びにまつわる記事を書いています。アルプスやピレネーも好きですが、北欧や東欧の森に憧れています。

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