源流の森を訪ねて。-Parc National de Forêt 自転車旅-(前編)

フランスに11ある国立公園のうち、2019年と最も新しく登録されたのがParc National de Forêtです。Grand EstとBourgogne-Franche-Comtéにまたがるこの2180 km²のエリアは、その名の通り“森”の国立公園。険しい山脈や海岸線を有する他の国立公園と趣が異なり、その植生の豊かさから登録されました。
この地を訪れようと思ったのは、この森にセーヌ川やマルヌ川などパリを通過する河川の源泉があるから。大河の源流が生まれる森を見てみたいと思い、旅行を計画したのです。とはいえ、広大な公園内をエリアを車なしで巡るのは大変。電車が通っていないし、公園内の公共交通事情も貧弱です。でも、エンジンに頼るのは面白くない。そこで、今回は自転車にキャリアをつけて東半分のエリアを3日で巡る計画を立てました。

Day0 Chaumont なかなか始まらない旅。

昨晩遅くに予約していた早朝の電車がキャンセルになる。寝ようと思ってベッドに入った23:00頃、急にSMSが入った。その場で午後の便を取り直し、翌朝はゆっくり部屋の掃除をして過ごした。早起きの緊張感がなくなり、久々にゆっくりした休日を過ごす。

自宅から荷物を自転車に架けて、Gare de l’Estへ向かう。積載した自転車で初めての運転だ。自宅からl’Est駅まではパリを南から北まで横断しなければいけない。このルートは自転車、車ともに交通量が多い。慎重に運転して駅に着いた。構内に入ると、私と同じような自転車旅行のカップルが電車を待っていた。出発の15分前くらいに掲示板に乗車する電車のホームが表示された。電車内で自転車の置き場がどこか分からず、先頭車両に行くと先ほどのカップルが自転車をベルトで固定していた。彼らから自転車を持ち込むには予約が必要だと聞く。普通の電車では無料で積み込めるのに。仕方がない、後で車掌に事情を伝えて支払おう。彼らは私の一つ先の駅、Langresで降りるというので私の自転車を奥にしてくれた。

キャリアに二つパニエ風のバッグを固定

さて、これで出発を待つのみ。座席を見つけてくつろいでいたら、SNCFからメールが届き出発が20分遅くなることがわかった。さらにさっきの彼がやってきて、「もう一人、自転車を予約した人が来たから場所を空けてあげてくれ」という。これは仕方がない。トイレのある車両にスペースを見つけて、自転車をロープで固定した。

出発間近になり、女性の車掌が足早に歩いてくる。

「あの自転車はあなたの? あそこはダメだからついて来て」。先頭車両に自転車を引いて行くと、今度は若いカップルが自転車を持って立ち尽くしている。彼らも自転車の予約をしていなかったようで、置き場がなく困っている。「もう自転車を乗せる場所はないので、あなたたちは乗せられません。次の電車なら自転車を積めるかもしれないので、駅の同僚に聞いてください」

突き放すように車掌に言われ、急いで荷物を回収して電車を降りる。すると電車はすぐに駅を離れていった。駅に残ったスタッフにどうすればいいのかと尋ねると、次の電車が出る20分前にここに来いという。30分ほど外のベンチで何をすることもなく、ぼけっと過ごす。「初めてのことは入念に準備をしなければなぁ」と反省。

しばらくしてからホームに行くと、当然のようにさっきのスッタフはいない。案内されるのかと思って待っていると、乗客が次々とやってきて改札はパニック状態。この電車も自転車の積載台数がオーバーしているらしく(そもそも、車両が短く3台しか積めない)、予約をしているという二人組の若者さえ改札で止められていた。

これは待っていたら置いていかれると思ったので、改札の柵越しにスタッフに事情を説明する。彼女では判断がつかないそうなので、車両の担当者につないでくれた。やきもきしながら待っていると、担当者のOKが出たらしく、出発直前に「2号車に乗り込んで」と促された。結局、自転車はドアの前のスペースに置かせてもらった。フランスではよくあることで、担当者によって対応がまったく違う。時にごねて食い下がることが大事だ。

出発してしまえばなんのことはない。乗客は少ないし目的地まで大きな停車駅はなく、乗ってくる乗客は少ない。しばらくドアの前の簡易椅子に座っていたが、Troyesを過ぎたあたりで車内に移動した。車窓の景色は田園風景に変わっている。さっきまでの駅の騒乱はなんだったのだろうか。

電車は2時間程でChaumontに着いた。丘の上の街から坂を下るとアタリをつけていたキャンプサイトがあった。ここはしばらく運営する人が見つからず閉まっていたが、最近運営に名乗り出た現オーナーが再びオープンさせたようだ。気持ちの良いテラスのバーで地元のお客さんがくつろいでいて、賑わっている。

テラスの横で馬が駆けている

バーでオーナーを捕まえると、シャワーがまだ使えないから5€でいいという。この安さが公共のキャンプサイトの魅力の一つ。荷物を下ろしてテントを張ってからバーでビールとフライドポテトを注文した。日が暮れ始めて少し肌寒い。バーの隣では馬がのんびり歩いている。ようやく明日から旅が始まる。

日が暮れる空を見上げる

Day1 Chaumont → Saints-Geosmes

まだ太陽が上りきっていない6時頃にキャンプサイトを出た。静かな場所でぐっすり眠れた。今日は40kmほど南下しながら、最初の水源地Tufière de Rolampontや城塞都市Langresの街を見る。まずは15km先のTufière de Rolampontが目的地だ。

Viaduc de Chaumont

Chaumontを出る前に見ておきたかった陸橋の下から街中に入る。パリからの電車で通ったこの陸橋は19世紀に建造され長さ600m、高さ52mもある見事な建築だ。谷にかかる歴史的建造物の下に馬がいる景色がフランスらしい。Chaumontの街から離れると、車がびゅんびゅん飛ばす国道に乗った。辺り一面菜の花と麦畑の広大な田園地帯だ。農道のグラベルに入るとMTBの本領発揮だ。タイヤやサスペンションの音が気持ちよく、ぐいぐいと進んでいく。ペダルを漕いでいるだけで楽しくて、自転車で来たのは大正解だ。

Tufière de Rolampontは棚田のように石灰岩が段々になっている

Tufière de Rolampontに到着したのはまだ9時前だった。MTBでも散策できたが、アップダウンがありそうだったので、自転車を柵に停めて歩いて散策することにした。小高い丘に棚田を思い出す段丘地形が現れ水が流れている。これは“石灰華”という地形で、石灰を含む水が湧出したあとに、石灰が沈澱・堆積してできる。

苔に覆われた岩が美しい

Tufièreの周りを歩いてから、水源を見に森へ入る。小さな沢の音が心地よく辿って行くと、苔むした祠のような場所に“Source (水源)”の標識が立っていた。この森は見事だった。森林の植生がIle-de-Franceのそれよりも豊かで、深みがある。鳥の声が響く中、誰もいない朝の森を十分に楽しんだ。通ってきた田園風景を思い出しながら、かつては一帯全てがこんな森だったのか、と思わずにはいられない。人の手が入った田園風景も美しいが、かつての森の姿を見てみたいと思ってしまう。

水のせせらぎが心地よい

森を後にしてRomplantの村に入る。小さな村なのだが、国立公園の村という標識が誇らしげに掲げられている。ここでは立ち止まらずにまだ小さなMarne川をまたぎ、BourgogneとChampagneをつなぐ水路「Canal de la Marne à la Saône」沿い道を走る。今朝の国道と違い自転車専用の道で気持ちがいい。私の他にも何人かサイクリストとすれ違った。

さながら空に浮かぶLangresの街

30分ほど漕ぐと遠目からでも一目でわかる小高い丘の上に街が見えた。あれがLangresなんだと認識するのと同時に、あれを登らなければいけないのか、という気持ちが湧く。水路を離れて丘の麓に取り付くとまさに急登。積載した自転車では歯が立たず、たまらず自転車を降りて押して登る。日はすでに高く上り体を照りつける。

城壁から東を臨む。湖はLiez湖

Langresは、中世の面影を残す城砦都市で440mの高台に建設された。街を囲む城壁は3.5kmに及ぶそう。城壁の門の前のバス停で一休みしてから、門をくぐると街は石畳の要塞だった。高台から見下ろす田園風景は絶景だ。

小さな街ながら観光地になっていて、目抜き通りは外国人で混み合っていた。腹ごしらえをと思い何軒か店を回ったがどこも満席。幸い公園の前にあるカフェ「Le Rempart」で「パラソルはないけどそれでよければ」という条件でテラス席に座ることができた。直射日光が強かったので、ジャケットを羽織って肌を守る。頼んだOnglet(サガリ)のステーキは、レアで頼んだのだが、薄い肉には完全に中まで火が通っていた。朝から軽いものしか食べていなかったので、地元のチーズのソースを絡めて、ビールもしっかり飲み、お腹も心も満たされた。

昼下がりのカフェ。正面の公園では市場が開かれていた

ここまでで十分楽しんだのでここで1日を終えてもよいという気持ちになっていた。キャンプサイトがあるのは知っていたので、空きがあるか尋ねにいったが、お昼休憩なのか事務所は閉まっている。そしてキャンピングカーの滞在客が既に十数人。管理人が来るのを待つのも面倒なので、隣の村Saints-Geosmesのキャンプ場の予約をとった。

30分ほど昼寝をしてから登ってきた丘の反対側から降る。自転車は下りは最高に楽だ。流れる景色を横目に軽快に進む。Saints-Geosmesのハイパーマーケットに立ち寄り食料を調達してから、国道の脇のキャンプ場に入った。道路に近いけれど木々に囲まれて静か。私営のキャンプ場でプール、サウナ、食事処と設備は充実している。その分一泊20€とやや高い。フランス映画で見たことのあるようなキャラバンの脇にテントを張った。シャワーを浴びてから、お湯を沸かしてお粥と味噌汁を作る。近くに生えていたイラクサをとって、味噌汁に入れて食べた。