Karhunkierros -ラップランド北極圏の旅-(後編)

後半の3日目からはさらに森の深くへ入る。Oulanka国立公園のビジターセンターやJuuma、スキーリゾートのRukaなど、バカンスを過ごしにくるフィンランドの方々も多く来るエリアだ。森の環境は素晴らしく、歩き終わるのがもったいないと思うほどだった。Karhunkierros後半のレポートをお届けする。

Day3 Runsulampi – Jussinkämppä

 キツツキが木をつつく音で目が覚めた。朝5時。他の鳥たちの声はまだ聞こえない。働き者だ。私も彼らのように1日を始めようと思ったが、テントから空は眺めると曇天。立ち上がる気になれずもう一度寝袋に潜り込む。日が上ってから川で水浴びをしてゆっくり朝食をとった。8月の北極圏の日は長い。朝をのんびり過ごす余裕はいくらでもあるのだ。身軽な彼女は私が朝の支度をしているうちに、何の痕跡も残さずに出かけていった。

まっすぐ伸びる木立が美しい

 今日はOulanka国立公園に入る。ここにはKarhunkierrosから外れた“サブルート”が二箇所あり、寄り道をしていく計画だ。はじめのサブルートRytikönkään reissuは、湿原の池を目指してKarhunkierrosに戻ってくる小一時間のルート。人が少なく、道もKarhunkierrosよりも寂れていて趣がある。伝統的な小屋の建て方、森の中の農家の暮らしなどを解説したパネルがあった。

ハイカーが少ない分よりワイルドな森

 沼は静かで湿地帯を流れる沢は音もなくするすると流れる。例えは悪いが三途の川があるとすれば、こんな川なのでは、と思ってしまった。トレイルの出口で3人のすれ違った。格好からスルーハイカーではなさそうだ。ビジターセンターが近づいてきたということだろう。

沼は静かに水を湛えている

 到着したのは、キャンプ場併設のキオスクだった。迷いなくアイスとコーヒー、ドーナツを食べる。コーヒーは注文してから入れてくれた。ここはボートやマウンテンバイクなどのアクティビティの拠点にもなっている。受付のある母家から少し離れたトイレを借りたのだが、入り口に「小さい子供を一人にさせないで」の貼り紙が。はて、なぜだろうと思い中に入ると納得。地下3mほどのいわゆるぼっとん便所。深い穴が空いていた。

ほっと一息。ソロハイカーがタクシーを手配していた

 キャンプ場を出てすぐ、国道を少し歩いてOulanka国立公園のビジターセンターに着いた。ここはハイカーだけではなく、観光で国立公園に来た人たちの玄関口だ。ビジターセンターには、公園内の生態系や自然環境に関する展示があり興味深い。森の熊やアリ、川の鱒や水を浄化してくれる貝などの解説があった。お土産やハイキングに必要な軽食、燃料、虫除けなども調達できる。そして、ここのイートインスペースで食べておきたかったのが「トナカイバーガー」だ。17€とやや値段は高いが、食べておかなければ。脂身が少ないせいか旨味には欠けるが、弾力があってタンパク質の塊を食べているといった感じ。トナカイ肉もさることながらバンズ、ピクルスもしっかりしていて、純粋に美味しいハンバーガーだった。ポテトのソースに酸味の効いたブルーベリーが使われていたのも嬉しかった。

この日は休憩が多くなかなか進めない

 ビジターセンター周辺は、観光で来た軽装のハイカーで賑っている。そしてトナカイもいる。彼らは半放牧という形で森の中を好き勝手歩き回っているそうだ。人とつかづ離れずの距離を保ちながら、ブルーベリーを探して森を歩き回っている。どうりでこの辺りはブルーベリーが少ないと思った。ここでも本ルートから外れて小一時間、サブルートを歩く。こちらには、バードウォッチング用の櫓やトナカイを飼育する伝統的な囲いがあった。

トレイルのすぐ脇でくつろぐトナカイ(上)沼に光が反射する(下)

 18時頃に行動をやめて夕方をのんびり過ごそうとしたが、なかなかいい場所が見つからない。小屋のあるAnsakämppäは、フランス人のボーイスカウトたち20人くらいが陣取っていてとても混ざる気にならない。その先のKulmakkopuroは、狭くて見晴らしもよくないし、スタート地点で一緒だった二組のカップルと夜を越すのも気が進まない。地図を眺めるともう一つ先のJussinkämppäは湖畔にある。ここなら広そうだし景色もよいだはずだ。

地滑りを起こした河岸。トナカイが数頭ここで休んでいた

 Kulmakkopuroから小一時間歩いて到着。予想は的中、ちょうど湖の背後に日が沈んでいくところだった。二組の家族が既に小屋に入っていたが、私一人分のスペースは十分にあった。荷物を下ろして夕食の支度を始める。
 夕食をもう終えているのだろう。お母さんと姉妹二人の女子ハイカーズが、水着を持って湖畔に降りた。着替えると気持ちよさそうに、湖で泳いでいる。まだ小さい男の子とご夫婦の家族は、お父さんが火を起こし、お母さんはガス代で湖の水を沸かしていた。もう一つのテーブルには女子二人組。食事の準備ができるまで、読書に集中している。なんて贅沢な夕方だろうか。

Jussinkämppäのキャンプサイト。このトレイルでよかった場所の一つだ

 塩辛いレトルトのピラフを食べ終えて、私も湖へ。先客のイギリス人カップルに「冷たい?」と尋ねると「僕は暖かいと思ったけど、彼女は冷たかったって」。ざぶんと頭まで水に潜る。気持ちいい。水面は焼けた空を見事に反射していた。湖から上がってからまたメタルマッチで遊びながら、夕焼けを眺めていた。ヘラジカだろうか、時折甲高い獣の鳴き声が森に響いた。湖では鱒が飛び跳ねて、波紋を作った。

夕暮れの湖畔

Day4 Jussinkämppä – Myllykosky

 出発は10時。朝食は抜いた。小屋の中は乾燥していて、意外と寝苦しい。小屋が混雑している時は、テントを張った方がよく眠れるかもしれない。朝食のかわりにブルーベリーをたくさん食べる。途中で、同じ時間に出発した子連れの家族に追いついた。お母さんが息子と一緒に歌を歌いながら歩いている。平和な朝だ。湿地帯でクラウドベリーを見つけた。木道から手を伸ばしても届かない。それにまだ熟していないようだった。森は毎日美しい。ブルーベリーの紅葉が始まっている。ラップランドでは既に晩夏、秋が始まっていた。

湖を出てすぐは木道だ。朝の光が柔らかい。

 今日も川沿いのトレイル、Kitkajoki川の際の際をよく歩いた。おそらく水量が多い時には、トレイルは埋もれてしまうだろう。フライフィッシングをしている釣り人も見た。水場に小さな小魚がたくさんいる。大きな鱒が泳いでいそうだ。

幅の狭いトレイル。悪天候時は慎重に歩きたい

 サブルートのPieni Karhunkierrosを歩くか迷った。迷った末、分岐となるMyllykoskyの小屋で早い夕食を取ることにした。ここの小屋は、Karhunkierrosを調べていると出てくる代表的なスポットだった。食事を終えたらバックをデポして、ひとまずJuumaへ向かう。Juumaは立ち寄らなくてもよいのだが、2カ所カフェがあるので、見ておきたかった。それに翌日には旅を終えることにしたので、到着地点のRukaで泊まる宿やヘルシンキへ戻る交通の手配を済ませたかったのだ。

湖から轟音とともに水が流れ落ちる

 先にJuumaまで歩いて、湖畔の素晴らしい景色を眺める。が、売店は既に閉まっていて、先へ進むとオートキャンプ場と別荘しかなかった。一つ前のコテージやサウナ施設もあるJuuman Leirintäalueでまだビールを頼めたのでお願いする。サーブしてくれた女性が、「ちょっと泡が多くなり過ぎちゃったみたい。あとでもう一回来て。泡の分、追加してあげるから」と気前よく言ってくれた。ビールを飲みながら携帯で作業を済ませ、Ala-Jummajarviの湖畔へ降りる階段へ。夕方の空が水面に反射する壮大な眺めだった。ここで満足してしまったので小屋へ戻ることにした。

ここでサウナやカヌーで遊ぶのも楽しそうだ

 帰り道で食料は残り少ないことに気付いたが、時すでに遅し。準備した食料は明日でぴったりなくなる。小屋に戻ると、私と同じく小屋に泊まる二人組のハイカーが火を囲んでいた。小屋の真横では急流が轟音をあげる。この音が心地よく眠りを誘う。こんな小屋の個室に無料で泊まれるなんて、ものすごい贅沢だ。

Day 5 Myllykosky – Ruka

しっとりとした森も美しい

 目覚めると外は雨が降っていた。ようやく雨具を使う日が来た。これまでがラッキーだったのだ。まだ5時。少し待てば止むかもしれないが、雨の中を一人で歩くのもよいだろう。雨の日は眺望が望めない分、物思いに耽りながら歩くことができる。自分の足音と雨の音だけが聞こえるというのも心地いいものだ。

トナカイの親子に遭遇。こちらを何度か振り返りながら去っていった

 Rukaへの最後の20kmは林道が多くリゾート地に近づいていることがわかる。Karhunkierrosのパネルの残距離数減っているのが、まるでこのトレイルを歩いていられるタイムリミットのようだ。旅の終わりはいつもそう。街から抜け出して、山や森で束の間の開放感を味わう。テントを張って、火を起こして、食べて、寝て。数日間を過ごし、自然の生活に慣れてきたところで、再び街の生活に戻っていく。旅が終わってしまう名残惜しさと、快適なベッドとシャワーが待っている安心感が同時に押し寄せる。

この日は森の静けさを存分に味わった

 PuurosuoでJussinkämppäで同じ小屋だった女子ハイカーズに追いついた。リーントゥーシェルターで雨宿りをしながらお昼ご飯を食べている。私もここで昼食を取ろうとしたが、そのスペースはないようだ。水だけ汲みに沼へ行く。桟橋に立つと、森は静寂に包まれていた。思わずため息が漏れる。曇っていても、この森は完全に美しい。水を汲むことも忘れて、しばらくこの景色の中にいられる幸せを味わった。

苔の紅葉

 遅い朝ごはんをとったのは、次のPorontimajokiだ。小川の脇に小屋が建っていて、ここにはドイツから来たボーイスカウトのパーティーが滞在していた。リーントゥーでアルコールランプに火をつけて食事の支度をしていたら、少年少女が火を起こし始めた。子どもたちの行動を見ていると、ドラマのようで面白い。率先して火種に空気を送り込むリーダー格。小柄で愛嬌のある女の子は、常に踊っている。ツーブロックのイカした子は、ナイフを得意げに腰に下げている。制服も似ているし、このパーティは某調査兵団を思い出させた。

沢の流れるよい小屋だった

 最後の10数Kmだけ上りが続く。とはいえ、最高地点は500m弱ほど累積獲得標高は600mほどだ。このペースだと早くRukaに着きすぎて、ホテルのチェックイン時間の前に到着しそうだった。なので、最後の遊びとして、ブルーベリーを集めてジュースを作ることに。収集してマグカップに溜めていった。

ブルーベリー集めはお気に入りの遊びだ

 Valtavaara山頂の小屋に着いてから、火をつけてブルーベリーを煮込んだ。味見をしてみると、生で食べるよりも酸味が強く出てしまう。もし砂糖を持っていて少し足せたなら、最高のジュースができるだろう。ジュースを飲みながら、外で写真を撮ってで遊んでいると、後ろから女子ハイカーズがやってきて、小屋に腰を下ろした。4人座ったらいっぱいという狭い小屋だったので、荷物を片付けにいくと、お母さんに「英語は話せる?Rukaへの道はあっちよね?」と尋ねられた。ちょうど地図を開いていたので、一緒に道を確認する。このまま尾根をたどって、電波塔の立つ集落へ向かう。「娘たちが疲れてきてね。ここのホテルの場所はご存知?」今度はIphoneを取り出して、彼女たちのホテルを検索する。ゴール地点からすぐだ。トレイルを辿れば見逃すことはないだろう。そのまま少し世間話をする。「どこからきたの?パリ?パリは忙しいでしょう。私にもフィンランドに住んでいる日本人の友達がいましたよ」時々英語が通じない時は、お姉ちゃんが通訳をしてくれる。恥ずかしいのか、自分からは話してこないところも可愛らしい。お母さんが「このトレイルは好き?」に聞かれた。素直に「はい、素晴らしいトレイルです」と答えると「そうだと思った。しばらく沼を眺めていましたもんね」。桟橋で静けさに浸っていたところを見られていたようだ。

Valtavaara山頂の小さな小屋

 小屋から出ると、雲が切れて太陽が出ていた。眼下に広大な森が広がり、湖が水をたたえている。朝は雲の中だったので、何も見えなかったのだが、こんなに美しい道を歩いていたのだ。こんなサプライズがあるのだ、雨の日もやはり悪くない。もう一度写真を撮っている間に彼女たちは歩いていった。

三人の後ろ姿

 Rukaに入るとそこはもうゲレンデだ。男たちが3人がかりで大きなシートを巻き取っていて、リフトのゲートが間の抜けた場所に立っている。ゲレンデを登っていると、ベンチで休憩している彼女たちに追いついた。姉妹が疲れているようだ。「あとちょっとだよ」と声をかけて追い越していく。

近代的なホテルが立ち並ぶRuka

 ゴールのゲートはあっけないほど簡素だった。セルフタイマーで写真を数枚撮って、ホテルへ歩き出す。ふと後ろを振り返ると、3人がゲートに立っていた。彼女たちも私に気付いたようだ。手を振っている。しばらく大きく手を振り返してから、ホテルへ向かって再び歩き始めた。

Rukaのホテルで。サウナの後は湖へ

フランスを中心にヨーロッパでのハイキング、トレイルランニングなどの外遊びにまつわる記事を書いています。アルプスやピレネーも好きですが、北欧や東欧の森に憧れています。