コルシカ島南部をクリアし、山岳地帯が多い北部へ進みます。GR20の中間地点Vizzavonaは、島の深部にありますが、鉄道でもアクセスできるので、Cascade des AnglaisやVizzavonaの森は、景勝地としても賑わっています。ここから北部、南部と半分だけGR20のセクションハイキングする人も多くいます。スルーハイクでは何回もの“山越え”が始まり、タフな行程が続き疲れが溜まり始めるエリアです。中編ではVizzavonaから、Tighjettu小屋までの4日間の旅の様子をお届けします。
DAY 5 Vizzavova(920m)- Refuge de l’Onda(1430m)
一晩16€とこの旅では贅沢なドミトリーを確保したにも関わらず、室内灯が消えたベッドで私は足のマッサージに精を出していた。眠れないのは、若い男子4人組のいびきの四重奏のせいだ。一人ひとり音のリズムや高低差があって興味深い。彼らのいびきが室内に響き渡る前は、同室の女子チームから、すやすやと天使のような寝息が聞こえていたが、今ではぱたりと止んでしまった。一人は舌打ちのような音を出して、男子チームに「うるさい!」と威嚇していたが、男子4人は夢の中。狭いドミトリーの中、無神経ないびきの大合唱と、女子チームが発するぴりぴりと張り詰めた空気がせめぎ合っていた。
不思議なことに、いびきの合唱は12時を回る頃にぱたりと収まった。いびきは入眠の際に発生すると聞いたことがあるが、彼らが熟睡したからなのだろうか。ようやく私も眠りにつくことができた。
こんな調子だから出発は8時頃とこの旅ではかなり遅くなった。女子チームは朝5時頃アラームが鳴って三人とばねでも入っているかのように跳ね起きて、赤色灯で荷造りをして最小限の時間で小屋を去っていった。
小屋を出てからは、渓流沿いの爽やかなトレイルを歩く。気持ちよく歩いていたが、だんだん傾斜がキツくなり、川幅も細くなってきた。そうか、今日は滝を超えてその水源である山を越えるのだ。
小さな滝がいくつか出てきて、水が溜まりプールができている。北から南下するハイカーが水浴びをしていた。彼らにとっては、山をひとつ下り終えて一休み、といったところだろう。私はこれから今日一番の仕事、Muratelloの山越えだ。後ろ髪を引かれつつ激しい崖に姿を変えた川、もとい滝Cascade d’Anglaisを登る。川を渡る際に、若い女性ハイカーが下着姿で、川の中央にある岩の上に横たわり日光浴をしていた。女神が舞い降りたかのような美しい光景だった。
山登りは、岩から染み出した水が滑りそうで怖かったが、そこまで難しい箇所はない。ただ黙々と慎重に登る。しばらく登ってから振り返ると、谷が一望できる。朝出発したVizzavonaは本当に深い谷にあるんだなぁと陳腐な感想が浮かぶ。山の向こうに厚い雲が出ていたので、雨に捕まらないように登るスピードを早める。
私と同じく北へ向かうハイカーが他に二人いた。少し先を歩いていたが、山頂のPunta Muratello(2141m)で追いつくと二人のカップルだった。「やっとついたね。もう下に小屋が見えるよ」とお互いに労いの言葉をかけあった。彼らが昼食を摂っていたので私もここで休むことにした。今日はこの登りがあるので、1ステップだけの計画だ。ゆっくり休憩をとってから山を降り始める。
山には低木の葉を求めて牛があちこちにいた。トレイルで動物に会うとびっくりするが、彼らはマイペースに草を食んだり昼寝をしたりしている。小屋がいよいよ近づく頃には騒がしいカウベルのような音が。何かと思ったら、ヤギの群れが大挙して山を登ってくるではないか。夕食の時間なのだろうか。山肌が黒と白の獣で覆われていく。1日の終わりの楽しいサプライズだった。
Onda小屋は稜線から少し降った場所にあった。既に多くのハイカーがテントを張っている。小屋では若いハイカーのグループが、女の子が怪我をして離脱したという話をしていた。どうやら足を挫いて、旅を継続することが難しくなり、車でVizzavonaまで送ってもらい、Ajjaccioの病院へ向かうとのことだった。
小屋でビールを飲んでから楽しみにしていた昨日買ったメイド・イン・フランスのインスタントラーメン(カレー味)に湯を注いだ。もちろんカップヌードルのクオリティを期待して食べたのだが、期待していた味とはほど遠く日本のカップ麺は本当に美味しいんだなと思った。日が暮れ始めると雨が少し降ってきた。
Day6 Refuge de l’Onda(1430m) – Refuge de Petra Piana(1842m)
今日も登りの行程だ。Petra Piana小屋まで累積標高が900mほどだが、次のManganu小屋は累積標高が600mほどしかない。十分歩ける。2ステップの予定で6:30頃に出発した。人が少なく、今日も谷にそった川沿いのトレイルから始まる。
いつも通り北上するハイカーは少なくトレイルはほとんど一人占めだ。朝すれ違ったのは川を渡る橋でひとり朝ごはんを食べているハイカーがいたくらい。Manganello川に沿った谷を歩いていると、Tolla小屋を通りがかったので、大きなパンとバーを数本買ってコーヒーをいただいた。ここも宿泊ができるようだ。ガイドブックに載っていない小屋もいくつかあり、水や食料を補給できるのはありがたい。
Manganello川沿いは素晴らしいプールがあったので、ここで水浴びをすることにした。早朝の誰もいない時間帯に水浴びをするのが日課になりつつあった。冷たい水に毛穴が引き締まり、脳が活性化する気がする。この水浴びだけでもGR20を歩いていてよかったと思えるほど爽快だ。
川に沿って登っていくと、流れが細くなりトレイルは石の多い登山道になってくる。この谷を2時間ほど登ってPetra Piana小屋には12時前に到着した。
早めに到着したおかげで、フライドポテトとコーラを注文してしっかりとした昼食をとった。フライドポテトは確か14:00までしか提供されないと聞いたので、迷わず注文。山で揚げたてのポテトなんて贅沢すぎる。昼食を終えてさて、山を越えるか、と腰を上げた矢先に雨が降ってきた。しかもばらばらと大粒の雹が小屋の屋根を叩いている。空を見上げると雨雲はこれから越えようとしている山の向こう側を覆っている。
雨が弱くなってきたところで、天候が回復することを期待して出発しようとしたところ、小屋のスタッフが「本当に行くのか? 気をつけろよ」と言った。その言葉がとても重く響いた。小屋から数十m登ったところで降りてきたハイカーに話を聞いて、判断を変えて山を降り、ここで一泊することにした。まだ午後の時間をたっぷり使えたのでもったいない気がしたし、体力、気力、技術的にも超えられたとは思う。でも、危険を冒してまでやる必要はない。それにこんな秘境の山小屋に滞在できる時間を楽しむのも旅の醍醐味というものだ。小屋に戻りスタッフに「やっぱり明日登ることするよ」とテント代を支払うと、彼は「それがいい」と頷いた。
テントを張ってからシャワーを浴びて着替えて身軽になった。ベンチで本を読んだり、小屋の周りを散策したりして過ごした。ふと見覚えのある2人が声をかけてくれた。前日にMuratelloの山頂で出会ったカップルだ。「朝早く出たんだね。ポテト食べられた?」彼らは16日間時間をかけて歩いているようだ。
雨のおかげで、コルシカサンショウウオが何匹も顔を見せてくれて遊んでくれた。退屈しのぎにテントの周りに石を積んで塀を作っていたが、指を挟んで痛い思いをしたので、この遊びは早々に切り上げた。夕方になると雨雲は消えて、谷には見事な虹がかかった。
DAY7 Refuge de Petra Piana(1842m) – Manganu(1600m) – Castel de Vergio(1409m)
昨日の判断は大正解だった。小屋を出てからすぐに2000mを超える尾根に出てクライミングを伴う岩稜帯を歩く。長く休みをとったおかげで、体力も気力も充実している。晴天時でも、かなり慎重に進まない危険なエリアだったので、昨日の悪天候下だと事故を起こす可能性もあった。GR20は簡単にアクセスできるが、北部では難易度の高いエリアが何箇所かある。
特にLa brèche de Capitelloは岩肌を這うように移動する危険なゾーンだ。足を滑らせたら大怪我は免れない。こうした岩稜帯ではパリで少しやったことのあるボルダリングの経験がいきた。手の掛け方や体重の移動方法など、無駄な力を使わずに体を使うことができた。鎖場もあり慎重を喫するエリアだ。
ここを抜ければ、Manganu小屋まで400mほどの下りだ。岩ばかりの荒らしい景色から、緑が出てくるとほっとする。山を超えたので小屋で昼の休憩をとる。
Castel de Vergioまで距離があったが、高原や樹林帯など比較的優しいルートだったので、昨日の遅れを取り戻す分進むことにした。朝の山岳地形とはうって変わり、まさに高原の景色だ。美しいふかふかの湿地帯や、のんびり横になる牛や馬。荒々しい山の上にあるオアシスのような景色だ。足場も非常に良いのでスピードを出すこともできた。
調子良く進んでいたと思ったが、使われていない無人の小屋で休憩した後に、自分がどちらの方向から来たのか分からなくなり、しばらく逆走をしてしまった。コンパスやマップを見て、明らかに南へ向かっているのに、遠くに人が見えたことで何も考えずついていってしまったのだ。景色も非常に似ているので、方向感覚が狂ってしまった。結局、小走りで前のハイカーに追いついて、「今南へ向かっている?」と確認して、間違えていることを確認してから、来た道を引き返した。こんな初歩的なミスをするのかと自分にがっかりしたが、こういう時に冷静に判断できるようにならなければ、と気を引き締めた。
夕方になり、ぽつぽつと弱い雨が降り始めた。この時期、午後から夕方にかけては雨が多い。焦るような区間はなく、防水のジャケットを着て淡々と進む。Bocca San Pedruまで来たら、携帯の電波が久しぶりに入った。谷の先に集落のようなものも見える。つづら折りの下りをショートカットすることも覚え、足早に下る。森に入ってからは久しぶりのふかふかのトレイルを楽しんだ。
Castel de Vergioに着いたのは日が暮れる寸前だった。小屋かと思っていたがそこはホテル。隣接する空き地をキャンプ場として使っている。利用料は9€。なぜかコルシカ島では、公園管轄の山小屋よりも私設のキャンプ場のほうが安く設備が良い。ヘッドライトを使ってテントを立てて、ホテルのロビーでビールとつまみを楽しんだ。この旅をしているとwifiや電源があることにいちいち感動してしまう。
ゴールが見えてきたので、wifiを使って帰りの便について調べ始めた。どうやら飛行機で帰ることは難しそうだった。ホテルのスタッフが「もう仕事終わるから、出ていく時は電気を消してくれな」と言われるまで、ネットを使って帰りの便を調べていたが、課題は明日以降に持ち越して寝袋に潜り込んだ。
DAY8 Castel de Vergio(1409m) – refuge de Tighjettu(1683m)
朝から開いている売店で朝食にパン-ヲ-ショコラとコーヒーを食べた。ホテルの売店なので、カードが使えると思ったが支払いは現金のみ。手持ちの現金が減ってきた。
ツアー客だろうか。ホテルからグループで出発するハイカーがいた。私は方角を間違えないように用心しながら、道路沿いを歩き始めてやがて、GRの赤白マークが樹林帯のトレイルへ導いてくれた。森の中を歩き始めるとすぐにヤギの大移動に出くわす。ヤギはトレイルいっぱいに広がり、メェメェ鳴きながらどこかへ向かっている。以前オーヴェルニュのGR70を歩いていた時にも山羊の大移動に出会したことがあった。きっと牧草地を定期的に移動する必要があるのだろう。数人で山羊の大群をコントロールしていた。人間を一応警戒するらしく、歩いていると向こうが避けてくれた。
気持ち良く樹林帯を歩くと、Gollo川の流れる谷に出る。昨日の泊まったCastel de Vergioを起点にしたのか、軽装のハイカーがたくさんいて、水浴びを楽しんでいる。谷に出たということはこれからまた山越えが待っている。若いハイカーに「水冷たい?」と聞いてから、パンツ姿になってプールにざぶんと入った。これで気合が入る。濡れたままのTシャツ着てアタックを開始した。
樹林帯から川沿いを歩き、そして谷を登り山を超える。GR20はこの繰り返しだ。谷を少し上り、後ろをふり返ると、つい昨日もこの景色を見たような気がする。
Gollo川の源流は圏谷の東にあるようだった。トレイルは川と分かれて西回りで標高を上げて北東へ抜ける。谷の上にガイドブックに載っているCiottulu小屋があるはずだったが、気づかずに通過してしまったのか、なぜか見かけなかった。いずれにせよ、今日はTighjettu小屋までが目標だ。
途中でBallone小屋を通過したが、ここは私設の小屋Bergerieなので「ピクニックは禁止」と貼り紙があった。つまりここで買ったものしか食べてはいけないということだ。少しだけ荷物を下ろし水を補給するだけに留めて道を急ぐ。どうせTighjettu小屋は目と鼻の先だ。
小屋は斜面に這うように敷地が取られていて、平坦な場所が極めて少なかった。私は岩場にパレットが設置された場所を見つけ、ペグが刺さらないので、テントに石を乗せて固定した。小屋の周りはスペースが限られていたので、遅い時間に来た人たちは、少し降りた、小屋からはかなり離れたところにテントを張っていた。
8日目。やや疲れが出てきた。手持ち現金の残りが少ないこと、帰りの日程に不安があることが無関係ではないだろう。明日はまた山頂から稜線へ出て山を超える。1000mの登り、1200mの下りだ。体を休めて明日のことは明日考えることにして、寝袋に潜り込んだ。夜、小屋からコルシカ島の伝統民謡が聞こえてきた。一人が歌い始めると、次の人の声が重なり、またさらに声が加わっていく。4、5人の男声が重なり讃美歌のようにも聞こえる。厚みのある男声は不思議と眠りを妨げず、夜が更けた谷に響き渡った。
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