森と海のラヘマー国立公園。3daysハイキングでエストニアの原生林を歩く

 エストニアにある6つの国立公園のうち、1971年に指定された最も歴史のある国立公園だ。エストニア語で「湾」を意味するとおり、フィンランド湾に面する4つの半島を持つ。ヨーロッパの中でも多数の動植物が生息する貴重な自然環境が残っている。クマやムース、リンクス、ヨーロッパミンクスなどの哺乳類、コウノトリやワシなどの大型鳥類も生息している。
 この自然公園のトレイルやキャンプサイトを管理しているのが、RMKというエストニアの森林管理センターだ。エストニア全土の自然公園の情報が集まっており、丁寧なマップも提供している。今回の旅でもmapを購入することなく、RMKのサイトからダウンロードしたマップだけで事足りたので、エストニアのトレイルを歩く時にまずここを訪ねるとよいだろう。

Day1 Oandu – Võsu – Käsmu 原生林を抜けて半島の村へ

タリン旧市街を囲む城壁

 夜明け前にタリンのゲストハウスを出た。同室の宿発者に気を遣いながら、物音を立てないように部屋を出る。うっすらと夜が開け始めているが、街灯はまだ灯っている。旧市街には明け方まで飲んでいて、まだ酔いが抜けていない男たちがふらつき、その横で花屋が開店の準備をしていた。まだ肌寒いくらいだ。

 バスは首都タリンからまっすぐ国道1号を進み、東へ向かう。15分ほど走れば建物は見えなくなり、窓から流れる景色は樹林帯に変わる。乗客は少ない。私と同じ、ハイキングの格好をした女性が一人、森の中の無人駅で降りて行った。バスをVõsuで乗り換える。これから歩いて通る村だ。わざわざバスで遠くまで行って歩いて戻ってくるのもおかしな話だ。乗り換えのバスが来ると念の為、行き先を運転手に確認する。

 エストニア語の発音がわからず、伝わらない。iPhone の画面を見せると、行くよ。一言。安心して席へ着く。バスの停留所は森の中。運転手に「本当にここで降りるのか?」と確認された。地図を確認しつつしばらく周辺をうろうろと歩く。

Oandu湖の周辺にも自然探索路がある

 Oanduに着いた。いくつか建物もあるしここにRMKのインフォメーションセンターがあるはずだが、時間が早いせいかまだ人の影がない。湖の周辺を少し散策する。しばらく歩くと、Võsuへ向かうトレイルの目印を見つけたのでマークに従ってハイキングをスタートした。

整然と伸びる松の森
森で見つけた動物の足跡

 森の雰囲気がフランスと違い明るい。松の木々が細く、日が差し込みやすいようだ。松以外に背の高い植物がなく、見たこのない美しい苔が群生している。そのほかの低木はほとんどがビルベリーだ。野生のビルベリーが文字通り食べ放題。初めて訪れたエストニアの森は、想像していた以上に美しかった。

日当たりのよいトレイル沿いに自生するビルベリー

 トレイルはOandu old-growth forest nature trailと呼ばれる自然研究路へと続いている。これまでの整然とした松林と異なり、森の深部へ入るに連れてシダが生え鬱蒼としている。野生動物の棲家でもあるこの森には湧水が流れ、世代交代する森の更新の様子を観察できる。

朽ちた木が養分になり、苔や幼木を育てる
Võsuまで続くトレイル

 この自然研究路の途中で、西北へ向かうためにKõrve trailへと乗り換える。西へ真っ直ぐに走るこのトレイルを進めば、小川沿いのVõsuのキャンプサイトに着く。ここまでが約13km、約4時間の行程だ。キャンプサイトで、若者がBBQの準備をしていて賑やかだったが、屋根のある東家が使えたのでここで行動食をとって小一時間昼寝をした。小川のせせらぎが心地よかった。

Võsuのキャンプサイト。BBQグリルも利用可能。トイレもある

 Võsuから、初日の宿泊地Käsmuまでは歩いて6kmほど。(車なら10分の距離だ)沿岸部のサイクリング道路を歩く。車道沿いの遊歩道なので面白みはないが、海を望む展望台があり先ほどまでの深い森とはまた雰囲気が変わる。ゆっくり歩いて、宿泊地のKäsmuに着いた。宿は複数の客が宿泊する形だが、シャワー付きの個室だ。愛想のよいおばさんに現金で支払いを済ませて、買い出しへ行く。

初日の宿泊地。エストニア国旗がはためく
買い物へ行く途中の景色。家には海に直結している

 Google mapsを見るとこの村にはKäsmu poodというスーパーと、PRUNNI AITというバーもある。夕食は地元の住人で賑わうスーパー(というかコンビニ)でハンバーガーをオーダーし、バー(というかスタンド)でビールとミートスープを食べた。

「サワークリームがたっぷり入ってうまいよ!」

 と主人が言っていたが、小雨が降る中で食べたスープは確かにうまい。黒パンとの相性も抜群だった。

エストニアはロシアや東欧に似た食文化

 帰り際に、コンビニにいたお兄さんが自転車に乗って声をかけてきた。

「日本から来たのか?」

 歩きながらひとしきり世間話をした。野鳥を撮影していること、カモメの生態、村に港を作る計画がありう住民は反対していること。宿に着くと彼は、

「森にベリーを摘んでくるよ」

 と自転車をこいでいった。

Day2 Võsu – Nõmmeveski – Hara 海から森、そしてまた海へ

寄り合い所のような可愛らしいバス停

 翌日は時間短縮のために、Võsuまでバスを使った。一本逃すと次のバスは数時間後だ。7時代のバスに間に合うように、早めにバス停で待っていると時間通りにバスはやってきた。トレイルの入り口は昨日昼寝をしたキャンプサイトだ。そこからNõmmeveskiへ続くトレイルが伸びている。昨日と同じように、松林を中の静かなトレイルが続く。Võsuからしばらく続くこの松林は複雑な道ではないが、景色が変わらず単調だ。コロナ渦のためか観光客もおらずハイカーとすれ違うこともほとんどない。目印になるようなものが少ないので、ルート選択は慎重に行いたい。重要なポイントでは、看板も出ていたが、随時Google mapsと付け合わせて確認しながら進んだ。

2日目のスタート地点

 しばらくすると、森が開けて広大な牧草地へ出る。VõsuとNõmmeveskiとの間にあるJoanduというエリアだ。定住しているのか別荘地なのか、時間が静かに流れている。

広大な原っぱを歩くのも楽しい

 Nõmmeveskiは渓谷になっており、キャンプをしに来たのか家族連れの姿もあった。公園内を南北にValgejõgiが勢いよく流れ1.2mの高さながら滝となっている。この渓谷には、かつて製材工場や水力発電者があり、周辺には遺跡のような当時の水道橋などの痕跡が残っている。湧水をを運ぶパイプが川沿いにあり、飲水を提供している。幼い子どもを連れた家族はポリタンクを持って水を汲みに来ていた。私も水筒に水を補充したが、とても美味しい水だ。

Nõmmeveskiの滝。川はハラ湾に注ぐ

 キャンプサイトは高台になっており、川に降りられるように長い階段が備えられていた。子どもたちが歓声を上げながら水遊びをしている。彼らがいなければ、私も足を水につけるくらいはしたかったが、小雨もぱらついていたし、今日のここまでの行程19kmは折り返し地点だ。ここからさらに北上しなければいけない。昨日同様に東屋に荷物を降ろして、昼寝をとった。

 さて、ここらはハイクというより、移動である。

 このあたりにとれる宿はなく、計画段階ではこのキャンプサイトで一泊することも考えた。コースを見てもValgejõgi沿いは非常に魅力的なトレイルが走っていて、国道沿いにワイナリーもある。コースをアレンジして、終着地のViru bogまで行くのも難しくはない。だが結果的に私は面倒なルートを選んだ。食料を得るためにLoksaへ寄ることも考えたが、今日の夕食と翌日の軽い朝食になるくらいの食料はまだあった。そのため、12kmほど先にある宿泊地Haraまでの最短ルートをとった。

 ルートも、トレイルというよりは、砂利道の田舎の公道だ。加えて、前の宿泊地に充電ケーブルを忘れてきたという失態を犯した。バッテリーはまだあるが、節電のためGoogle mapsは使わないようにした。そんな状況だったためか、このルートでは写真を撮っていなかったようだ。

集落の小さなバス停

 Loksa-Haraというわかりやすい県道に出てたら、あとは目に付く民家に尋ねて歩いた。Booking.comで予約したが、そこはホテルというより、Air Bnbに近いロッジのような宿だ。通り沿いで初めて見つけた民家では、見事に間違えて、奥さんにかなり警戒した目で見られた。それはそうだろう。一人でエストニアの森の中を歩いているアジア人はそう多くはないはずだ。事情を話すと、

「もう数十メートル先よ。このあとに家はないか間違えないはずよ!」

と親切に教えてくれた。

森の中の小さなコテージが2日目の宿

 到着した宿は二手に別れており片方はロッジ、片方は民家だった。きっとこの民家の主が宿を経営しているのだろうと思い尋ねると、若い男性がハロー、と出てきた。

「あぁうちじゃないよ。彼女は今街に出ているんだ。鍵は開いているから、入っていいと思う! 何か困ったら俺になんでも言って」

 田舎だからか、オープンだ。宿には確かに鍵がかかっていなかった。wifiにつないで、Booking.comを通じてホストにメッセージを入れる。ダメ元で、電源ケーブルについても相談してみる。すると、「心配いりませんよ!全種類のケーブルはあるはずです」とありがたいお返事をいただいた。

 数分後には、隣の男性がiphoneのケーブルを持ってきてくれた。電源の心配がなくなったので、ゆっくりと荷を降ろしてシャワーを浴びた。

遠浅のハラ湾。沈む夕日が美しい

 食事の前に、海岸に出た。日没が近づいていた。昨日のKäsmuの海と雰囲気が違う。平らだった。しばらく沿岸をあるいていると、男性が森から出てきて、海へ向かって駆け出した。頭の中に「?」が浮かぶ。かなり長い距離を走って身を海に沈めた。

 彼の登場で分かったのは、この海は遠浅でかなりの距離まで足がつくのだということ。それから彼の奇行(?)はおそらく北欧にもあるサウナ文化だろう。おそらくサウナで温めた体を海で冷ましているのだ。彼んぼ真似をして、サンダルで海を歩いてみると、波を穏やかだった。カメラがあるので、冒険はしなかったが、かなり先まで歩いていけそうだ。

森と海がとても近い

 彼の登場で分かったのは、この海は遠浅でかなりの距離まで足がつくのだということ。それから彼の奇行(?)は北欧にあるサウナ文化だろう。サウナで温めた体を海で冷ましているのだ。彼の真似をしてサンダルで海を歩いてみると、波は穏やかで砂が柔らかい。カメラがあるので、冒険はしなかったがかなり先まで歩いていけそうだ。ひとしきり夕暮れの景色を楽しんでから、庭のオーブンを使って黒パンとサーモンの缶詰を温めて食事にした。静かな森の中、疲労と充実感も手伝って心地よい眠りに落ちた。

グリルで温めるだけで美味しくなった

あるサウナ文化だろう。おそらくサウナで温めた体を海で冷ましているのだ。彼の真似をして、サンダルで海を歩いてみると、波を穏やかだった。カメラがあるので、冒険はしなかったが、かなり先まで歩いていけそうだ。ひとしきり夕暮れの景色を楽しんでから、庭のオーブンを使って黒パンとサーモンの缶詰を温めて食事にした。静かな森の中、疲労と充実感も手伝って心地よい眠りに落ちた。

Day3 Hara-Viru bog 3日間の旅を締め括る湿地の絶景

 翌朝、充電器を返しにお隣を尋ねた。でてきたのは、お爺さん。昨日の男性の父親だろうか。英語が通じない。昨日Google mapで見つけたトレイルの入口を尋ねた。が、どうやら分からないようだ。トレイルを歩いていると、Google maps上に見える道も、実際には潰されてしまったのか、実在しないことがよくある。

静かな湖 。水浴びした痕跡があった

 結局、昨日歩いてきた道を戻る方法で、終着点のViru bogを目指すことにした。歩いてきた道を戻るのは、初めて歩く道を行く時よりも精神的にだいぶ楽だ。よい宿で休めたので、体力も十分回復できた。昨日はスルーしてしまったLohja湖に立ち寄ると釣り人が一人糸を垂らしていた。早朝から来ていたのか、釣果が上がらなかったのか、トレイルを歩いていると彼の車が私を追い抜いて行った。

県道85号。雨雲が近づいてくる

 Lohja湖を出るとしばらく県道85号を歩いた。道路沿いには民家がぽつぽつ立っている。このまま進むのがViru bogまでの最短距離だが、道路を歩くためにわざわざ来たのではない。途中で森へ入るKemba-Kolgaküla 282号という道へ入った。道路の脇に歩行者用のトレイルを整えてくれていたので、歩くことを楽しめた。

森の中を走る282号

 朝食は軽くとったものの、昼食分の食料が残っていなかったので、道端に実るビルベリーを摘んで食べていた。摘み始めると次々と摘みたくなる楽しさがある。株によって味の濃さが違うので、実を集めて頬張って、ビルベリーの濃厚なジュースを楽しんだ。この時間だけでもエストニアに来てよかったと思える。通り雨のような強い雨に数分降られたが、雨がっぱを打つ雨の音や、濡れた樹々や草。ぬかるみを歩く感触。ひとときの雨の時間さえ美しかった。

雨が通り過ぎると再び日が差した

 Kemba-Kolgaküla 282号から方向を修正するためKalmeの集落で、Liivapõllu teeという道を使った。この道を南下して、Pudisoo川を渡る。Jõelähtme-Kemba260号という県道に出るが、この県道沿いが崖上になっておりトレイルが走っている。

Pudisoo川近くにある森の中の宿

 しばらく西へ向かえば、RMKのキャンプサイトがあり、湿原のViru bogへ南下できるコースも見えてくる。RMKのキャンプサイトが近づくとキノコ狩り用の大きなバケツを持った老夫婦が現れたり、RMKのマークも出てきたので、わかりやすい道だった。

湿地帯のため木道が続く

 Viru bogの手前まで来ると、軽装の観光客が増えた。ここは湿地帯の木道のなっていて、休める場所も少ないはずななので、エリアに入る前に腰を下ろして長めの休憩をとった。この研究路は出口まで3.5kmだ。1時間と少しで着いてしまう。Viru bogの景色もこれまで見てきた景色とは違い、素晴らしいものだ。泥炭が6mも堆積しており、沼には遊泳可能な場所もある。 

水面の映り込みや苔の緑が美しい

 それでも、これまでハイク中にほとんどハイカーとすれ違わなかったこともあり、野生味のある静かな森のイメージと観光地然としたこのエリアのギャップには少し味気なさを感じてしまった。

展望台から湿地帯を眺める

もう一度訪れて、今度はキャンプや水遊びも

 今回立ち寄れなかった東のエリアもあるし、野生動物の観察、川遊びなど遊ぶ要素はたくさんある。この森のネックは交通手段と宿泊施設だ。比較的大きなVõsuや沿岸部にいくつかの宿泊施設があり、マナーハウスと呼ばれるかつての貴族の館を改装したホテルも公園内にある。キャンプサイトもいくつかあるが、パリから飛行機で飛んだため、キャンプ道具は積まなかった。宿泊前提だったため、今回のルートはトレイルから外れたいびつなコース選びとなっている。トレイルを通しで歩くにはキャンプが一番よさそうだ。

パリから直行便で3時間ほど。ぜひまた歩きたい

参考URL:
https://www.loodusegakoos.ee/where-to-go/national-parks/lahemaa-national-park