フランスに11ある国立公園のうち、2019年と最も新しく登録されたのがParc National de Forêtです。Grand EstとBourgogne-Franche-Comtéにまたがるこの2180 km²のエリアは、その名の通り“森”の国立公園。険しい山脈や海岸線を有する他の国立公園と趣が異なり、その植生の豊かさから登録されました。
Rolampont、Langresと国立公園内の自然と文化を楽しんだ初日。2日目も森の中の水源地を巡ります。順調に思えた自転車旅でしたが、最終日に森の中でパンクトラブルに遭い……? 人情味溢れた出会いのあったParc National de Forêt、後編です。先に公開した動画も合わせてお楽しみください。

Day2 Saints-Geosmes→Rouvres-sur-Aube
8:00頃に出発した。今朝の目的地はGorges de la Vingeanne。森の中にあるという渓谷だ。南西へ30分ほど田園地帯を進み、下り坂を降りていくとApreyという小さな村に着いた。村の外れに森mに入る入り口がある。自転車を置いてトレイルへ。

10分ほどで小さな沢が現れ対岸に小さな白い花の群生があった。綺麗だな、と花を見て歩いてふと前を見ると目の前に岸壁が聳えていた。そして、その沢の両岸に先ほどの白い花があたり一面埋め尽くされている。ほのかに香るにんにくの香り。もしかして、と思い手で葉をちぎり匂いを嗅いでみる。すると思ったとおりl’ail des ours(行者にんにく)だ。山菜の群生と予期していなかった景色がいっぺんに現れ、静かな森の中でひとりで興奮してしまった。

クラックのある壁もあって、クライミングで登れそうだ。アルプスやピレネーで見た圏谷の規模とは比べようもないが、小規模ながら素晴らしい自然環境だ。私以外にまだ誰もいなかったので、おそるおそる沢を登り奥に進む。奥にもl’ail des oursが群生している。朝食をとった後に収穫することにした。翌日はパリに戻る予定だったし、いいお土産になるだろう。

この森は探索路になっているようだが、道標が不明瞭でよく分からなかったので、来た道を引き返した。私が出たところでちょうど車で来たご夫婦が森に入ろうとしていた。私は自転車に乗り、Apreyまで引き返してから西の田園地帯を抜けて再び森の道に入った。

次の目的地はAube川の水源。西へ約10km、30分ほどの道のりだ。また森の道を抜けていくのだが、この道は緩やかな下りが2kmほど続いていてMTBならではのダウンヒルを楽しめた。右手に森が迫り、左は牧草地。スピードが出る坂道で自転車をコントロールする緊張感が楽しい。


ガタガタと下っていくと、不思議な小屋が現れた。せっかくなので見過ごさずに立ち寄ってみる。赤く塗られたペンキが可愛い。ドアの前に「鍵は開いているから、乱暴に開けないで」という張り紙が貼ってある。ドアを開けてみるとこれまた可愛らしい小部屋。中の張り紙や写真を見ると、どうやらここは私有地で、仲間たちと食事をとったりするために建てた“秘密基地”みたいなもののようだ。小屋の前は牧草地で、気持ちいい風が吹いている。まさに夢のような場所だった。時間を忘れてこの非現実的な空間を楽しんだ。

Aube川の水源は目と鼻の先だった。小さな駐車場に自転車を置いて、沢沿いのトレイルへ入る。ここにもl’ail des oursがあった。この山菜は綺麗な水の近くが好きなようだ。少し歩くと川幅が広がり、澄んだ水の底に緑の水草が見えた。素晴らしい景色だ。Aube川はこの一帯の地下から湧出しているようだ。ピクニックができるベンチやテーブル、そして昔このあたりにあったという炭焼き小屋を再現した小屋が建てられている。ここでお昼ご飯を食べると気持ちがよいだろう。

今回も周辺のトレイルを歩くことにしたのだが、いくつかのハイキングコースが入り混じっていて、非常にわかりにくい。森を一度出て、北側の右岸から橋で左岸に渡り、再び森へ入るところで迷ってしまった。

まっすぐ伸びるグラベルは歩きやすいのだが、一本道を入ると道は荒れ放題。どれが正しいトレイルだか分からなくなってしまうのだ。これがRambouilletやFontainebleauなら土地勘があるので脱出できる。ところが初めてきたこの広大な国立公園内の森では、簡単に自分がどこにいるのかが分からなくなってしまう。まだ日も高く、「迷った」というほどの焦りはなかったが、ここで森の恐さを十分に認識しておくべきだったと、翌日知ることになる。しばらくGoogle Mapsを見ながら歩くと駐車場の南側に出てくることができた。今日の予定は道路を走ってAuberiveの村を見てから今晩のキャンプ地・Rouvres-sur-Aubeに向かうだけだ。
Auberiveは、その名前の通りAube川ともう一本の小さな川Clavinが合流する場所にあり、とても美しい村だ。12世紀に建てられたAbbaye d’Auberive(オーブリーヴ修道院)がこのエリアの見所の一つだ。現在は、展示会やコンサートなどが行われる総合カルチャーセンターのように運用されている。覗いて行きたかったが生憎休館日。それでも修道院前を流れるAube川沿いの小道がとても気持ちよかったので、立ち寄ってよかった。

村を出てからはAube川に沿ったD20を北上する。この道はずっとなだらかに起伏する田園地帯。気持ちいいドライブルートだ。MTBの場合は小さなアップダウンが続くので、一所懸命ペダルを踏まなければいけない。大変ではあるが、こうして自分の足で移動するのが旅の醍醐味というもの。いくつかの村を通過したところで標識が現れて、村の競技場が併設されたRouvres-sur-Aubeのキャンプ地に到着した。ちょうど子どものサッカーの試合が行われていて、村人たちが集まっていた。

キャンプサイトには何台かキャンピングカーが停まっている。受付のようなものは見当たらなかったのが、お爺さんが芝刈り機に乗ってキャンプ場を掃除していた。目が合って近づいてきてくれたので、「キャンプ場の管理人さんですか?」と尋ねると「村長でキャンプ場の管理もやってるんだよ」おぁ、村長さんでしたか。気さくにキャンプ場の案内をしてくれた。

着いたのは15:00頃だったので、村で唯一の食料品店でポテトチップスや果物、コーラを買ってサッカーの試合を眺めながらオヤツを食べた。試合のレベルはそこまで高くない。選手の家族だろうか。母親と一緒にまだ3,4歳くらいの男の子が近づいてきて、私のポテトチップスを一枚つまみ食いした。
予報では夜から雨になるそうだ。夕方に村長さんが律儀に支払った宿泊費のお釣りを持ってきてくれて、「雨がひどかったら、小屋に入るといい」と言ってくれた。日が沈んだ23:00頃、雷とともに雨が降ってきた。
Day3 Rouvres-sur-Aube

空は暑い雲に覆われて、蒸し暑い。時々雨が降ってくる。私はグラベルの上り坂を自転車を押して登っていた。早朝に村を出てから自転車に異変があった。空気が抜けてしまう。間違いなくパンクだ。停まって少し空気を入れるとしばらくは走れる。が、当然穴が空いているので、すぐにタイヤはペシャンコに。Chaumontまでは最短ルートでたった35kmしかない。(…こう思ってしまうのは、長距離走者の職業病だ。すぐに自分のレースタイムで計算してしまう)なんとかいけるだろう、となぜか考えてしまい、登り坂を終えてから、自転車に乗って降り始めた。Google mapのナビゲーションに従い、林道から外れて森の中へ誘導された。明らかに整備されていない道に入ってしまった。倒木があちこちに倒れ、低木の枝葉が道を塞いでいる。下りだから自転車はしばらく走ったが、パンクしたタイヤは耐えられなかった。チューブが中から飛び出し走行不可能に。
しばらくこの事態に陥ったことに呆然として立ち尽くした。まず、もうこの状態でChaumontに向かうのは不可能だろう。それにRouvres-sur-Aubeを出発してから5kmは進んでしまった。この自転車を持って引き返せるか……。なによりまずは、大きな道に戻らなければ、森から脱出することも叶わない。
大きな倒木を見つけて、自転車を立てかけて絡まったチューブを外そうとした。チューブがなければタイヤは回るので引いて村まで戻れる。クイックリリースを外して後輪を外そうとしたが、雑然とした森の中でやる作業ではなかった。小さな部品がすぐに見えなくなり、スプリングをなくした。かなり焦っていた。結局、自転車を持って戻ることは諦めて、比較的見通しのよい道に自転車を置き、荷物だけ持って村に戻ることにした。

村に着いてひとまずは朝食を食べながら作戦を考えることに。商店で働く兄ちゃんが、声をかけてくれたので、事情を説明すると「橋を渡ったところにメカニシャンがいる。たまに土曜日でも働いているから後で行ってみるといいよ」とありがたい情報を教えてくれた。近いので行ってみたが大きなガレージはドアが閉まっていて、何も音がしない。朝も早いし、しばらくしてからまた来るか。そう思って、カフェでコーヒーを飲んで、休んでいると偶然村長さんが友人と店に入ってきた。
「昨日の雨は大丈夫だったか?」
雨は大丈夫だったのだが、ちょっと問題が……。かいつまんで今朝の出来事を話した。すると村長さんは、車で一緒に自転車を回収に行ってくれるという。さらに、キャンプ場のキャビンでもう一泊していきなさい、と提案してくれた。一人で打開できる状況ではなかったので、助けを借りることにした。

キャビンに荷物を下ろして、この日も行われていたサッカーの試合(女子チームの試合だった)を観戦しながら待っていると村長さんが車で来てくれた。車はPeugotのセダン。「おぉ、ちょっと試合を見させてくれ」しばらく二人でサッカー見てから森に出発した。私はこの村の村長だから、近所の森には詳しいと思っていた。ところが、車の中で村長さんは、「昔森を歩いて道に迷って1時間歩き回っていたけど、結局同じ場所をぐるぐる歩いていただけだった」と言っていた。
森に入りGoogle mapに従い彼をナビしていると、かなり荒れたトレイルに誘導された。「ちょっとこの車だと危なそうです。他の道で行きましょうか?」と提案すると、「これくらないなら大丈夫だよ」とぐんぐん進んでいく。落ちた枝をバキバキへしおり、枝葉を払い除けながらPeugotはガタガタ道を進んでいく。
自転車をデポしたポイントのすぐ近くにぬかるんだカーブがあり、車はそこで停車した。
「ここはスタックしそうだから、これ以上は進めない」と村長は言う。
ここまで来たら自転車を回収して戻って来れる。後で、ぬかるみに木の枝や石を敷けば車も通過できるだろう。
「歩いて自転車取ってくるから、ここから動かないでくださいね」念を押して自転車を探しに行った。
ほどなく、今朝歩いた道と記憶がつながり自転車を発見した。自転車を引きづりながら、これで一個問題は解決できた、とほっとしていたのも束の間、村長さんの元に戻るとPeugeotは見事にぬかるみにハマってスタックしていた。
「土手の上の方からなら、行けると思ったらタイヤが横滑りして落ちてしまった」
おぉ…。動くな、って言ったでしょうが。しばらく二人で車を押したり引いたり、トランクの中からジャッキが入っていないか探したりしてあれこれと対策をした。電波も入らず、助けを呼ぶこともできない。村長は「歩いて村まで戻って、トラクターで引いてもらうしかないか」とつぶやいた。
アクセルを踏めば車は動くが、前輪が泥でスリップして脱出できないようだ。このタイヤにトラクションを効かせられれば。村長にそう言って、最後のチャレンジの準備をする。トランクに入っていた謎のワラを敷き詰め、枝を拾ってきてタイヤの前後に挟み込む。村長がアクセルを踏み、車が振り子のように前後に揺れる。私は空いたスペースに枝を投げ入れる。ハンドルを左右に動かすと枝の上にタイヤが乗り上げ、なんとか窮地を脱することに成功した。
「進めば必ずどこかに出るだろう」。自転車をトランクに挟んで、村長のPeugeotは林道のグラベルをずっと走り、15分ほどで
森を抜けてArc-en-Barroisという村に出て、国道に乗りRouvresの村に戻った。アスファルトの道に乗った瞬間、これほど安心感を覚えたことはない。

村長は自転車とともにキャンプ場に降ろしてくれた。「食べ物は十分にあるか? 足りなかったら言いなさい」そう言ってくれた。一度ガレージに行って、メカニシャンがいるか見に行ったが見つからなかった。パンクを修復して無事に帰れるかという不安はあったが、今できることは何もない。村を散歩したりして、静かに1日を過ごした。

Day4 Rouvres-sur-Aube → Chaumont
朝一番でガレージに向かう。人気はない。Aube川のほとりのベンチで待っていると、犬の散歩している村人が通った。9寺過ぎに一台の車がガレージに入って行った。もしや…と彼の行方を追う。車から降りてガレージの奥に消えて行った。到着後すぐに声をかけるのもよくないと思い、数分待ってから彼を探しに行く。ガレージは開いておらず、彼は奥に置いてあるキャンピングカーで作業をしていた。
「村長に聞いてきたのですが、あなたがメカニシャンですか? 自転車がパンクしてしまって」
彼はそうだ、と言葉少なく答え自転車を持ってこいという。すぐにキャンプ場に戻り、後輪が外れた自転車をえっちらおっちら持ってきた。
自転車の様子を確認した彼はガレージの棚から、チューブを見つけて手際よくパンクを直してくれた。車用のポンプで空気圧を調整して試しに漕いでみる。後輪はハリを取り戻し、くるくると回ってくれる。昨日から胸につかえていた不安が、ようやく消えて行った。その勢いで彼に昨日の森の中での顛末を話すと、「なんだ、昨日来てくれたらよかったのに」。どうやら私が見つけられなかっただけで、彼はガレージで働いていたそうだ。
ようやく出発できる。キャンプ場に戻る道すがら村の中心で、民家の草刈りをしている村長に会った。
「自転車は直ったかい?」
この通りです、と自転車を見せるとそれはよかった、と笑ってくれた。

一晩お世話になったシャレーを掃除して再び荷物を自転車に積み込む。出発する際、昨日見たPeugeotが停まっていたいた。キャンプ場の仕事をしに来たのだろうか、村長が運転席で電話していた。お世話になりました。また来ます、そう伝えてRouvres-sur-Aubeを出た。

帰り道は脇目も触れずにSNCFの駅があるChaumontを目指した。森の中でGoogle Mapsは近道なのかまた細いトレイルを通そうとしてくる。だが私は学んだ。昨日のとおりひたすらグラベルをまっすぐ行く。すると、昨日村長と車で遠ったArc-en-Barroisに降りてきた。
そのあとは、農業地帯を突っ切る国道をずっと進む。びゅんびゅん飛ばす車やトラックに追い越されながら、ペダルを踏み続ける。ものの1時間と少し。一度深い谷を下ってから坂を登り返す。初日に見た高架橋がかかるChaumontの谷だ。駅に着いたら急にお腹が空いてきた。帰りの電車の時間を確認。昼食をとる余裕は十分ある。マクドナルドで分厚いハンバーガーとフライドポテト、コーラ、それにアイスまでつけて食べた。数日ぶりに食べた“街の味”が沁みた。


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