2023年の夏、ようやく憧れていたフィンランドで最も有名なKarhunkierrosを歩くことができた。北極圏内に位置し、原生自然に近い環境を保つ森のトレイルだ。美しい森、湖、川とフィンランドと聞いて想像しうる全てを堪能することができる。水はどこまでも清らかで、食事は火を起こして思い思いに準備をする。食後は、川や湖で水浴び、ベンチで読書をして過ごすのもいい。82kmを5日で歩いた記録を前編・後編に分けてお届けする。
Day1 Hautajärvi – Perttumakoski
Helsinkiから夜行電車とバスを乗り継いで半日かけてやっとトレイルの玄関口Hautajärviに到着した。憧れのトレイルのスタートに立てたこと、やっと体を動かせることが嬉しい。とはいえ、時刻はもう20:00を回っている。Karhunkierros Trail Nature Centerで荷物を整理していたらバスローブ姿のおじさんが声をかけてきた。「今着いたのかい?」そうだ、と答えると、親切にトレイルの説明をしてくれる。とにかくオレンジのマーカーを追うこと、5日あれば十分だということ、川の水が飲めるということ、そして500m先にテントを張れる場所があること。ここには宿泊施設もあるので、宿泊客かと思い「明日から歩くのか?」と尋ねたら「僕はここで働いているんだよ」。
彼にお礼を言って、スタートゲートをくぐって歩き始める。森に入ると早速ブルーベリーがわんさか実っている。早速摘んで味見をすると、小さい実から酸味と甘味のある果汁が口いっぱいに広がる。今日からトレイルで食べ放題だ。ラップランドはやはり美しい。森の樹々はまっすぐ伸び、苔と下草の絨毯がなだらかに敷かれている。植生はエストニアのLahemaa国立公園、スウェーデンのKungsledenの森林地帯に似ている。食べられそうなキノコも出ているので、今回はどこかで味見をしてみたい。
教えてもらったRytinivaで休もうと思ったが、思いのほか狭かった。それに既に先客のカップルがテントを広げていた。地面も湿っぽいし、ここで野営するのも面白くなさそうだったので、進むことに。ここで荷物を下ろして着替えようと思っていたので、短パン姿で虫除けもしていない。トレイルはすぐに湿地帯に入る。文字通り蚊の巣窟だ。すぐに足を数カ所蚊に刺されて、このままでは歩けないことに気づく。特に写真を撮ろうと立ち止まるとたちまちヤツらの襲撃に合う。観念して湿地帯の間の砂利道に荷物を下ろし、タイツを履き、防虫ネットを被って虫除けを全身に振りかけたが、足首、首元、顔面を狙う抜け目のない個体もいる。
1時間ほど歩いたところでテントが見えた。トレイルを降りると河岸にリーントゥーシェルターがある。私のテントスペースも十分にあったので、ここを今日の幕営地とした。このリーントゥーシェルターはエストニアとラトビアでも見かけた、最もシンプルな“避難小屋”だ。火を起こすためのかまどとグリル、薪が用意されている。大抵は水場が近くここで眠ったり休憩したりできる。シェルターは先客のバックパックと靴置き場、そして洗濯物を干すのに利用されていた。
テントを張って、川の水を汲み夕食の準備をしていると、フランス人のご夫婦が到着して私のテントの隣にテントを張った。奥さんが「信じられないほど蚊がいますね!」と一言。寝床に入ると川の音を聞こえた。ようやくKarhunkierrosの旅が始まったことを実感する。
Day2 Perttumakoski – Runsulampi
6時に日の光を感じて目が覚めた。朝の森を見たくて、カメラを持ってテントを出る。柔らかい朝の光が朝靄の立ち上がる川を照らしていた。ハイカーが少ない時間に早く歩き始めたくて、そのまま準備を始める。8時前に出発したが、他の方々はまだ起きてこなかった。
朝日を浴びた苔や下草を愛でながら、ふかふかの道を歩く。時々ブルーベリーをつまむことも忘れない。アタリをつけて、うまそうな実をほおばる。倒木や切り株の上に生えた、少し高い位置にはえたものが甘くて美味しい。こぶりなものよりも、おしりに二重丸の溝がくっきり出ているものがよい。
ともすれば、単調な景色かもしれない。森の景色はそこまで変化がない。それでも、目を樹々や植物に目を向けながら歩いていると、そのまま持って帰って、庭に置いておきたいオブジェのような造形を見つけることもあるし、倒木を養分に幼木が育つ、森の世代交代を前に死生観に思いを巡らすこともある。
北欧の人々は、「悩んでいる時は森を歩く」と聞いたことがある。人口のノイズが聞こえず心地の良い川や木々の音、小鳥の声の中を無心で歩いていると、自然にぽつりぽつりと色々な考えが浮かんでくる。それについて、ああだ、こうだ一人で考える。もしかしたら一人で声出してぶつぶつ喋っているかもしれない。美しい森の中を歩く。それだけで楽しいのだ。
川を渡る吊り橋の手前でSavilampi小屋に着いた。まだ歩く体力はあったが、キリが良いのでここで休憩を取る。小屋で休んでみたかったのだ。さすがにこの時間は中に誰もいない。広々としていて、十分清潔といえる。火を起こせるストーブもあるし、なんとガステーブルまである。夏場ならこのトレイルは燃料もテントがなくても歩けてしまえそうだ。小一時間、個室を使って昼寝をした。
お昼を過ぎた頃に小屋から出ると、ベンチで家族が昼食をとっていた。荷物をまとめて午後の行程を開始する。吊り橋を渡ってまた川沿いのトレイルを歩く。
地図を見て今晩の幕営地に目星をつける。小屋のあるRiippusillaにも泊まってみたいと思ったが、まだ時間が早いし混み合いそうだったので、一歩先のRunsulampiへ向かう。
川がカーブを描く岸辺に気持ちの良いリーントゥーシェルターを見つけた。シェルターにテントを入れて寝ようと思ったが、ペグを打たないと自立しない。寝袋で眠るのは蚊が心配だったので、テントを張ることに。後から一人ドイツから来たという学生の女の子がやってきた。「シェルターを使ってもいい?」と聞かれたので、どうぞ、と受け入れる。ソロハイカー同士のほうが、やはり居心地がよい。彼女はしばらく川のほとりで瞑想していた。夕食時に少し話したが、彼女はドイツから車を船に乗せて海を越えたそうだ。なんと羨ましい。しかもテントを持参せず寝袋とマットレスだけの軽装だ。Karhunkierrosを終えたらあと二つフィンランドの国立公園を歩くと言っていた。テントは持っていないのに、本は詰めてきたようでベンチに座って読書に集中していた。カッコいいスタイルだ。
食事を終えた私は、新しいオモチャで遊び始めた。Helsinkiのアウトドアショップで思いがけず買ってしまった憧れのメタルマッチだ。やはり初めての着火は難しい。簡単に火花は散るのだが、それを火口に燃え移らせるのがポイントだ。薪をナイフで削ったり、松の枯葉などでトライしてみたが、うまくいかない。結局、メタルマッチでマッチに着火させて火を起こした。そして、崖の上に食べらそうなイグチ系のキノコを見つけたので採ってきた。念のためアプリで品種を同定すると、フランスでも見つけたキンチャヤマイグチの一種のようだ。どんなキノコも生食はリスクがあるので、表面が焦げるくらいまでよく火を通してから、かじってみる。焚き火の香りと旨みを感じる。が、わざわざ採取して食べるほどではない、というのが素直な感想だ。やはりキノコはセップ(ポルチーニ)がキノコの王者だ。ひととおり遊んでから火に水をかけてテントに潜り込んだ。
ー後編へ続くー
フランスを中心にヨーロッパでのハイキング、トレイルランニングなどの外遊びにまつわる情報を伝えるサイトです。また、毎月パリ近郊でランドネイベントを企画・催行しています。